アリスドラッグ | ナノ


▼ 心が揺れる2


 今日も海賊たちは島で騒いでいた。ウィルは居酒屋で飲んでいるオーランドたちをなんとか振りきって、町をふらふらと歩いていた。少し外の空気も吸いたいという気まぐれである。オーランドから離れて考え事をしたいという思いもあった。



「彼から離れるという考えはないんですか?」



 そして、椛も一緒である。一人で町へ行こうとするウィルに、着いてきた。



「そんなことできたらこんなに悩んでないよ」

「……ウィルが思いつめた顔をしていると、僕が嫌な気分になる」



 椛ははあ、と溜息をついてウィルの目元にできた隈をみつめた。死んでオーランドの記憶から消えてしまうのが怖い、でも彼が狂ってゆくのをみたくない。そして、オーランドの側にいたい。全ての願いを叶えることは不可能、どれかを選ばなくてはいけない。こうなってしまうから、マーメイドは人間に恋をしてはいけないと言われていたのに……ウィルのことを莫迦だと思いながらも、椛は突っぱねることができなかった。



「……死ぬのは、怖い」

「……そうでしょうね」

「一瞬で死ねる方法はいくらでもあるから、痛みが怖いんじゃない。俺が存在したという証がすべて消えるのは……すごく、怖いんだ。せめて、俺が死んだら、俺のために悲しんで、泣いて、ずっと俺の死を心の傷として残してほしいなんて思うくらいに、俺はひどいエゴを持っている」」



 屋台の商人たちが、大きな声をだして客をひいている。町の雑踏のなかに溶け込んでいると、自分たちなんて周りから認識されていないと、世界からみたら小さな小さな人間であると自覚できるのに、たったひとりの人間の記憶から自分が消えてしまうことがすごく恐ろしい。



「あっ」



 突然、ウィルの足元に少女がぶつかってきた。彼女は果物を持っていたようで、それを地面に落としてしまう。



「ごめんね、大丈夫?」



 少女は転びはしなかったようだが、果物を落としたことでおろおろとしていた。ウィルは遠くへ転がっていってしまったそれを追いかけ、拾おうとしゃがみ込む。果物に手が触れたところで、ふと影がかかってきて、顔をあげるとそこには老夫婦が立っていた。



「おやおや、うちの孫が申し訳ない」



 ふふ、と笑った老婆がウィルから果物を受け取ると、それについていた砂をはらった。「落としちゃった、ごめんなさい」とかけよってきた少女に、二人は笑って「皮をむいて食べるから大丈夫」と言っていた。



「……この町に住んでいるんですか?」

「おじいちゃんはとっても有名なのよ!」

「有名?」



 二人に尋ねたつもりだったが、少女が割り込んできて誇らしげに言う。幼年らしい無邪気さにウィルは笑いながらも、彼女の話を聞こうと耳を傾けた。



「おじいちゃんは昔からね、ギターが得意なの! とっても上手なの!」

「へえ、ギターが」

「婆さんもわしのギターでおとしたんじゃ」

「何言っているんだい爺さん、恥ずかしい」



 和やかに話している三人を、ウィルはぼんやりとみつめる。幸せそうだなあ、とそんなことを思った。

 三人と別れたあと、ウィルはずっと気の抜けたような顔をしていた。オーランドたちがいる酒場への道を、ふらふらと歩くものだから危なっかしくてしょうがない。



「ウィル……どうしたんですか」

「……オーランドには、ああいう未来がこないのかなって思うと……」

「……」



 ウィルは、先ほどの夫婦の幸せそうな笑顔にあてられていた。これからも自分と一緒にいれば、どんどん彼はおかしくなる。自分は、オーランドの幸せな未来を奪っているようなものだ。ここで死んで、オーランドから自分の記憶がすっかり消えて、誰か違う人と一緒になれば――あんな未来をオーランドも手に入れることができるかもしれない。死への覚悟を邪魔するのは、オーランドと一緒にいたいという自分のエゴイズムのみ。



「……貴方にとって、手助けになるのかはわからないですけど」

「……?」

「……もしも貴方が死ぬときは、僕も一緒に死にますよ」

「えっ」



 ウィルの忘れてしまった、ふたりぼっちの記憶を椛は思い出す。世界にふたりきりだったら幸せだったのにと願ったあの頃、椛は自分はずっとウィルと一緒にいるのだと信じていた。もう、ウィルは自分のことなどみていない。オーランドに心を奪われてしまっている。それでも、彼のためになれたなら、幸せだと思った。もしもウィルが死を選ぶなら、彼の孤独を抱きしめてあげたいと思った。全ての人の記憶から消えて、一人で死んでゆくなんて、哀しい。だから、一緒に死ねたらいいと――そう思った。



「……椛、おまえは……なんで、そんなに俺を、」

「なんで?」



 港町は、かすかに磯の香りがする。ふ、と町中を吹き抜けた風のなかに、海の香りが混ざっていた。



「……僕は、誰よりも貴方のことを知っているからです。貴方の悲しみも、孤独も……すべて。そして貴方もきっと……僕のことを誰よりも知っている。僕たちは、生まれたときからふたりぼっちだった」

「……ふたりぼっち」

「ふたりなら、きっと天国でも寂しくありませんよ」




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