エンターテインメントの祭典の盛り上がりから数日。ようやくあの熱狂が落ち着いてきたころ。契と氷高は屋敷に戻っていた。
契は氷高の部屋に入って、眉をひそめながら壁を見つめている。
「どうしましたか、契さま! あ、私のコレクションが増えたのに気付きましたか? 契さまが主演男優賞を受賞された瞬間が一番大きく取り上げられていた新聞を切り取って作ったもので……」
壁には、びっしり一面に契の写真が飾られていた。モデルとして撮影されたもの、契の活躍が新聞に取り上げられたもの……ドラマやアニメで見るようなストーカーの部屋みたいな壁には、狂気すらも感じる。
そのなかに、先日の祭典について取り上げられている新聞の切り抜きがあった。額縁に入れられて。
「どんどん氷高の部屋がキモくなっていく……」
まだ契が高校生だったころ。たまに氷高の部屋に入って、彼と愛し合っていた。そのときの彼の部屋は、自慢のシアターセットがあるだけの落ち着いた部屋で、「大人っぽい部屋でかっこいいな」と思ったものだ。それがどうだ。今となってはキモい部屋に変貌している。
「契さま……どの契さまを見ても、美しさに惚れ惚れしてしまいます。そんな契さまが……私の目の前に……」
氷高は壁と契を交互に見ながらうっとりとつぶやいた。
氷高は目を細めて、契に近づいてくる。そして、するりと契の頬に手を伸ばしたが――
「ま、待て待て待て! 今、何をしようとした!」
「え? 口づけを……」
「こんな部屋でできるかあ! 壁一面の俺が見つめてくるんだけど! そんな気分になれねえよ!」
「そ、そんなっ……」
氷高はがっくりと肩を落とした。
――いや、至極真っ当な感覚だと思うが!? よくこんな部屋で甘い雰囲気に持って行こうとしたな!?
契は体をゾワゾワとさせながら氷高を見つめる。
「うう、契さま……あの日の高揚感、今目の前にいる契さまへの愛おしさ……いろんな感情が入り乱れて、私……」
「……“抱きたい”んですか」
「……はい……」
契は「はー」と大きなため息をついて、氷高をじろっと見つめる。
そして、まだ青空がきらきらと輝く空を窓越しに見つめた。
こんな昼間っから……。
まあ、いっか。
「せめて、俺の部屋でしよう。ほら、いくぞ」
「せ、契さま〜!」
氷高はぱああああああっと顔を輝かせて契に抱きついた。
キモいなあ……と思いながらも、契は抱きしめ返してやる。
まあ、そんな氷高に惚れた俺もどうかしているけど……。
契は苦笑いをして、氷高の頭をなでてやった。
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