十五

「『玉桂は満月の夜に、月から下界へ降りてくる』と言われているが……それはただの与太話だ」

「与太話?」

「まあ、月から降りてくると言ったほうが聞こえがいいからな。でも、本当は違う」



 白百合と鈴懸は、二人で紫檀という山の頂上まで来ていた。標高は低く、しかし異常に霧の深い、異様な空気を放つ山である。紫檀の山はどうやら人間たちの間では立ち入り禁止になっているようで、道もほとんど獣道のようなものだった。



「紫檀の頂上にある、大きな桂の木。満月の夜に、そこに異世界の入り口が開くという。そこから、玉桂は黄泉の世界と人間界を行き来しているのだ」

「じゃあ――満月になれば、ここから玉桂の所に行けるのか?」

「ああ、そうだな。ただ、気をつけろ。満月の夜は、玉桂の妖力が最も満ちている時。ただでさえ力のないそなたは、満月の夜の玉桂には決して敵わないだろう。あちらの世界に行っても、しばらくは玉桂の屋敷には入らないほうがいい」

「――それじゃあ、だめだろ!」



 白百合の話を聞いて、鈴懸は焦った。

 まず、満月の晩を待つまでにかなりの時間を要する。やっとあちらの世界へ行ったとしても、そこでさらに月が欠けるまで待つとなると――どのくらい、織はあちらの世界に滞在することになるのか。今、玉桂に織が何をされているのか――それを考えると、鈴懸は居ても立ってもいられない。



「あっちにいったら、すぐにでも、玉桂の屋敷に行く。絶対に織を玉桂の嫁になんてさせない」



 織が玉桂に攫われたあの晩――「まだ鈴懸と口づけをしていない」、そう言っていた織のことを思い出し、鈴懸は胸が締め付けられるような切なさを覚えた。はやく、はやく――織を抱きしめたい。そして、口づけをしたい。

 織をどうやって救うのか。細かく考えることはできなかったが鈴懸のなかではそんな想いで一杯だった。
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