「織さま。この森を抜けたら有栖川邸にたどり着きますよ」

「うん……」



 織たちを乗せた箱馬車は、街中を抜けて森の前までやってきた。人の多い街中は、妖怪がいないようでたくさんいる。人が多ければ多いほど、「念」が渦巻いて、悪霊を引き寄せてしまうのだ。

 そんな街中を無事に織たちが抜けることができたのは、詠のおかげだろう。詠が箱馬車に結界を張り、それでも近付いてくる妖怪は陰陽術で払っていたからだ。

 しかし、風向きが変わる。森にはいったときから、詠が表情を硬くしていたのだ。唇をきゅっと噛み、カーテンの隙間からちらちらと外をみて、持っている数珠をぎゅっと握りしめる。



「詠。どうかしたか?」

「伊知さま……。いえ……この森は、少し強い邪気を感じるというか……」

「……大丈夫なのか?」

「ええ……」



 伊知も、詠の表情に疑問を覚えたのか、眉をひそめていた。出発のときとは違う、自信なさげな詠の表情に、不安を覚えている。

 そんな、詠の表情を勘ぐる者たちをみて、織は再び不安を募らせる。どうせ生きていてもつまらない、死んでもいい……そうは思っているものの、いざ妖怪に襲われて死ぬとなると、怖いものだ。八つ裂きにされるか、足から喰われていくか……考えるだけでも身の毛がよだつ。



「……織さま」

「え?」



 ふと、詠が瞠目する。そして、勢いよく織を抱き寄せた。ぐっと織の頭を胸元に抱き込むようにして、それはまるで織のことを隠すように。詠の息遣い、そして、微かな震え。確かな緊張が伝わってきて、つられて織も硬くなってしまう。

 見てはいけない、直感的にそう思った。しかし……引き寄せられるように、織の視線はカーテンの隙間へ。



「……あ、」



 はじめ、それはなんだろう、そう思った。カーテンの隙間から見える外の景色は、木々の並ぶ青々としたものだった。それが、紅く染まっているから、なんだろうと思ったのだ。そして、その紅の正体に気付いたとき、織は叫び声をあげそうになった。

 紅の正体は、目玉、だった。箱馬車の窓を覆うほどの巨大な目玉が、中を覗いていたのだ。



「見ては……いけません、織さま!」



 織の視線の先に気付いた詠は、慌てて叫ぶ。そのとき――ぴし、と音がして、詠の数珠が砕け散った。詠がさっと顔を青ざめさせてその場に崩れ落ちた、その瞬間……耳を劈くような音がして、箱馬車が破壊されたのだった。
_4/227
[ +Bookmark ]
PREV LIST NEXT
[ #novel数字_NOVEL# / TOP ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -