十三


「お、おろせ……! 自分で歩けるから!」



 もう安住の村に用事はない。早い所屋敷に戻ろうと足を急ぐ鈴懸の腕の中で、織はばたばたと暴れていた。

 どうせ下ろしたところですぐに歩けなくなる、そんな予感がしていた鈴懸は、織の要求を無視して抱えたまま歩き続ける。



(うぜー、うぜぇうぜぇ)



 織へ対する苛々はおさまらない。むしろ今のような可愛くない織はどうでもいいのだが、先ほどまでの様子を思い出すとどうにも苛々してしまう。さみしいからってあんなに乱れて、求めてきて、……



「……」

「なっ、………なに、見てんだよ……」



 こんなに可愛くない奴が、あんな風になるのか。徐々に鮮明にあの時の映像が浮かび上がってきて、苛々とはまた違う妙な気持ちが心に差す。そんな気持ちに導かれるようにして、鈴懸は思わず織の顔を覗き込んでしまった。この、きっちりと着た着物の下には真っ白な肌が隠れていて、そしてその白は抱かれると桃色に染まる……悶々と記憶を辿っていれば、ばちりと目があった織がかっと顔を赤らめた。そして、困ったように眉を潜めて、ぷいっと顔をそらしてしまう。

 ……やはり、織には抱かれているときの記憶はきっちりあるらしい。あの時、彼は様子こそはおかしかったが、自我はあったようだ。つまり織は、鈴懸のことを「自分を抱いた相手」と認識しているようで。そう思うと急に鈴懸も恥ずかしくなってくる。この、可愛くない状態の織にそう認識されているのかと思うと、どう接したらいいのかわからない。



「……、処女を俺様に捧げられたんだ、ありがたく思いな!」

「しょっ……な、な、」



 あんまり意識しすぎても、これからが気まずくなってしまうだろう。逃げるようにして、鈴懸は高笑いしてやった。そうすれば、てっきり織はまた憎まれ口を叩いてくるのかと思ったが……



「……ばか、じゃないの」



 真っ赤な頬を隠すようにして、鈴懸の胸元に顔を埋めてしまった。

 髪の毛の間から見える、真っ赤な耳。予想以上に素直な反応に、うっかり鈴懸まで頬を染めてしまった。
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