四十五

「やあ、久しぶり、櫨。これからは仕事仲間としてよろしく」

「……、あ、ああ」



 思ったよりは、冷静でいられるものだ。

 櫨のもとで地獄の使いとして学ぶことになった僕は、否が応でも彼のそばにいなくてはいけなくなった。しかし、二年も経てば意外と動揺はしないものだ。あれからずっと僕の胸の中にかかっている霧が晴れたのかといえばそうではないが、櫨を前にしても鬱屈となることはない。ああ、やっぱり好きだなあという気持ちと、あまり顔を見たくないなあという気持ちが同時に心に在るのはどうにも落ち着かないが。



「……えっと、……まず、俺たちの仕事についてだが……」

「そんなのはどうでもいい。それについては僕は学んでいる」

「ああ、そうだな」



 僕たちの仕事は、人間たちの行動を記録すること。ただし、記録以外のことをしてはならない。僕たちが下手に人間に関われば、その人間の運命を変えかねないからだ。僕たち地獄の使いという別次元の存在によって運命を捻じ曲げられた場合、その人間は輪廻の理から外れ、転生がうまくいかなくなる可能性がある。……つまり、櫨が咲耶と関係を結ぶのは相当危険なことなのだが、それを櫨はわかっているのだろうか。



「……櫨。咲耶とは、どうなっている」

「えっ」

「まだ、彼女と関係は続いているのか」

「……、ま、まあ……その……」



 僕が尋ねてみれば、櫨はあからさまに動揺した。当然のことだ。僕を捨てた原因となった女だし、しかも彼女と身を固めたわけでもないのだ。特定の相手を作ろうとしない彼女と、欲のままに体を重ねているなどと……僕には言いづらいだろう。



「……僕はもう、貴方が何をしようが口を出さないが、ただ地獄の使いとしての禁は破るなよ。下手したら僕が執行人として貴方の首を跳ねることになる」

「そっ……そんなことはしない」

「そう。それならいいけど」



 実際のところ、櫨が禁を犯そうと、僕には関係ないのだ。それなのに、そのことをこうも気にしてしまうのは……やはり、僕が櫨への情を捨てきれていないからだろう。

 まずは彼への想いを断ち切らねばいけない、そう思うと幸先が悪いなんて思ってしまった。

_201/225
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