三十九


「こんなガラクタ、使い物になるんすかねえ?」

「何言ってんだおめえ、こいつの再生力はすげえぞ。数日もすれば傷も癒えて綺麗な体に戻るだろうさ。そうしたら、こいつのことを慰み者にしてやろうじゃねえか。こんな別嬪、これからそうそう見つからねえぜ」


 そのときの僕は、何もかもを失っていただろう。感情も、痛覚も。散々犯され、腹を食い破られ、胎児も内臓も食い散らかされた僕は、手足を縛られて鬼たちに運ばれていた。この屋敷から攫って、鬼たちの巣でおもちゃにされるらしい。



「そうは言っても……こんな奴犯して楽しいすか? たしかにツラは上等だが、無反応すぎてねえ。もう、泣いてもいないですぜ」

「十分さ。あの吾亦紅を犯せるってだけで興奮する」

「へえ、ゲテモノ喰いだわあ」



 このまま連れ去られてしまってもいいと思っていた。子供も、櫨も、僕にはもういない。櫨に捨てられた僕に、生きる価値などもうないのだ。鬼たちのおもちゃになろうと、もうどうでもよかった。

 しかし、屋敷を出て、門の前まで来たところで。僕は、ぼんやりとした意識の中で聞き慣れた声を耳にした。その声がした瞬間、鬼たちは足を止める。鬼たちのうろたえる声も聞こえてくる。ゆらり、視線を動かして。僕は、現れた男の姿を認める。



「……吾亦紅」



 僕の姿を見て、絶望したような顔をしていたのは――玉桂。顔を真っ青にして、今にも泣きそうに瞳を潤ませて。かたかたと震えながら僕たちに近づいてくる。



「ああ……吾亦紅……なんてことだ、……なぜ、……なぜ……」

「……だん、……な……?」

「……すまなかった、……もっと、はやく務めを済ませることができていたのなら、こんなことには……ああ、なんて惨い、……吾亦紅……」



 よろ、よろ、とふらつきながら玉桂は僕たちのすぐ側まできた。鬼たちは、ガチガチと震えたまま、動けないでいる。玉桂のことは倒すことはおろか、彼から逃げることすらできないとわかっているのだろう。玉桂は震える手で鬼たちから僕を奪い、そしてまたふらふらと屋敷に向かって歩いて行く。鬼たちには目もくれなかった。穴のあいた僕の腹を見つめて……泣いていた。



「なぜ……おまえが、こんな目に……すまない……本当にすまない……吾亦紅……すまない……」



 玉桂はどしゃりとその場に崩れ落ちるように座り込み、震える手で僕の手足を縛る縄をほどく。僕は、ぼんやりと、玉桂もそんな顔をするのだと思いながら彼を見上げていた。

 縄をほどき終わるなり、玉桂はぼろぼろと涙を流し僕の体に触れる。「いない……」とつぶやきながら僕の穴のあいた腹を見つめる玉桂の目は、真っ暗だった。



「おのれ……おのれ、おのれ……鬼め、……ゆるさぬ、……ゆるさぬぞ……よくも、吾亦紅をこんな目に……!」



 ひとしきり泣いたあと、玉桂は腰に差した刀の柄に触れる。そして、今にも門から飛びだそうしていた鬼をぎろりとにらみつけると、ゆらりと立ち上がった。その姿は、まるで修羅のようだった。



「楽に死ねると思うな……この報い、死で事足りると思うなよ!!」

「ひぃっ」



 玉桂が刀を抜いた瞬間、鬼はそのあまりの殺気に気圧され、尻餅をついてしまった。玉桂は今にも鬼たちを殺そうとしていた。しかし、僕は……手を伸ばし、彼の着物の裾を掴み、それを阻止する。



「だ、んな……まって……」

「……っ、吾亦紅……!」



 僕は、何を考えていたのだろう。それは、自分でもわからない。

 僕は立ち上がった。大量の血が腹から吹き出ても、構わず立ち上がった。そして、ぎょっとした顔をしている玉桂から刀を奪い、ぞりぞりと足をするようにして鬼たちに近づいてゆく。



「……ふ、……あは、……」

「……な、……何、笑って……」

「はは、ははは、……何もない、……もう、僕には何もない。櫨も、子供も……もう、僕は失った。ああ、何もないよ、僕には……あはは、……何、そんなの、元々さ、僕は何もない鬼だったんだ、これが正しいんだ、なあ、そうだろう、僕には何も……」



 鬼たちは僕を化け物でも見るような目で見ていた。後ろから「止まれ、吾亦紅」と玉桂の掠れた叫び声が聞こえてくる。けれど、僕は止まらなかった。目の前にある鬼たちをぐちゃぐちゃにしたくてたまらなかった。殺したい、そんなものではない。そこに、憎しみも哀しみもなかった。ただ目の前の標的を生物から肉塊に変えたいとそう感じただけだった。本能的な破壊衝動に支配されていた。



「く、くるな、あ、あぁあぁああぁあぁああ」

「ひ、ひひ、あは、……愉しい、愉しい愉しい! 愉しい!!!! あは、あはははは!」



 僕は鬼をメッタ刺しにしながらただ笑っていた。体は軽快だった。すべてを失った僕の体と心は、僕の体をすべて解放したらしい。痛みすらも感じず、どんなに血が溢れても、僕は止まることなく鬼を切り刻んでいた。



「吾亦紅……やめろ、やめるんだ……!」



 もはや鬼の原型がなくなっても、僕は鬼を刺し続けていた。泣きながら駆け寄ってきた玉桂に止められるまで――僕は笑い続けていた。


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