二十九(4)


 どくん、と千歳の心臓が跳ねた。そして――千歳はうつむき、目元を前髪で隠すようにして……着物の帯を、ほどいてゆく。



「……」



 少しずつ着物を脱いでゆく千歳を見て、鈴懸はす、と目を細めた。前髪に隠れて見えない、彼の表情を、悟った。



「……千歳。怖がるな。織を抱くことは、おまえの心を救済することになる。決して、おまえの心を蔑ろにする行為ではない」

「……、」



 千歳は、悲しんでいたのだ。まだ心の繋がっていない織を抱くことを。

 鈴懸も、それは理解していた。この行為が異常であることなんて、わかっていた。けれど、咲耶の呪いを解くためには、織のことを抱かなければいけない。千歳の白い恋心を救うには、鈴懸がそれを誘導してやらねばやらない。

 千歳は鈴懸の言葉を聞くと、こく、と小さく頷いた。そして、そっと、熱を織にあてがって――ず、……とナカへ、押し込んでいく。



「あっ……あぁあっ……!」



 奥に到達した瞬間、織のものがびんっ! と跳ね上がり、蜜が溢れだした。とろ……と雫を伝わらせた織のものが、これからの激しい快楽を待ち望むように、ゆらゆらと揺れている。



「――……織のなか、……熱い、……おかしくなる、」

「ああ、そうだろう……そのまま、体を動かせ。織のこと、抱いてやれ」

「……っ、」



 千歳は、ナカに挿れた瞬間、動けなくなった。ベッドに手をついて、俯いたまま黙りこくってしまう。

 見かねた鈴懸が、そっと千歳の手を引いた。そうして織に触れさせてやれば、千歳はそのまま流れるように織を抱きしめる。



「織……」

「……千歳、さま……」

「織、……織……」



 千歳はキツく織を抱きしめて、その首元に顔を埋めて泣き出してしまった。ぎゅっ、と軽く圧迫感を覚えるくらいに強い抱擁であったから、織の体はそれにじわりと反応して、快楽を覚えてしまう。織は千歳の泣き声を聞いて切ない気持ちになりながらも、「ぁ、……」と甘い声を漏らしていた。



「織、……本当は、俺……こんなこと、したくないのに……」

「ちとせさま……?」

「……俺、おまえへの想いは、綺麗なものだって、信じていたかった」



 千歳が涙ながらに、言葉を吐く。織はその意味を理解していないようだったが……鈴懸は、気付いたようだった。はあ、と溜息をついて、額に手を当てる。

 ……やはり、この呪いは――あまりにも、虚しい。



「……恋、は怖いんだ。本当に、怖い。口に出したくないし、自分の中にあるって認めたくない」

「……ちとせさま……? どうして、そんなに……恋を、怖がるのですか?」

「だって、……恋は、醜い。相手を独り占めしたくなるし、淫らなことをしたいって考えてしまう。恋をしなければ抱かないようなどろどろとしたモノが、腹のナカをぐるぐるし始めるから……恋は、醜い」

「……ちとせさま、」

「けれど……けれど、俺は……おまえに、……。俺は、……穢い想いを抱きたくなくて、……おまえに惹かれた、その幸福を壊したくなくて。だから、おまえとこういうことをしたくなかった。おまえへの想いを、醜いものにしたくなかった」



 千歳は、織と、それから咲耶への想いを、美しいもので終わらせたかったのだ。恋は育てば、必ず醜く姿を変える。肉欲、嫉妬、独占欲。恋をした相手にのみ抱く、美しくない感情を生み出してしまう。千歳は、それを疎んだ。織、それから咲耶に恋をしたことによって、そのような醜い感情を持ってしまうことを恐れたのだ。

 だから、こうして織を抱くことに苦しみを覚えた。織と一つになった瞬間に、確かに「気持ちいい」と感じてしまったから、なおさら。このまま織を抱けば、醜い想いが加速する、そう感じ取ったのである。

 そんな千歳の想いを汲み取った鈴懸は、やるせない気持ちになってしまった。たしかに鈴懸も織に対してぐちゃぐちゃとした想いを抱いてはいるが、千歳のようなきらきらとした純粋な想いも美しいと思う。彼がそれを大切にしたいという気持ちも、理解できる。しかし……呪いをうけてしまっているのなら、それは解かねばならない。呪いを放っておけば、千歳の想いはやがて狂気へと姿を変えてしまうだろう。

 相変わらず、この呪いは虚しい情欲を生む――鈴懸はそう思う。心の繋がらない性交が、どんなに虚しいものか。半強制的に行われるそれによって救われた心には、何が残るのか。切なそうに声をあげて泣いている千歳の姿は、あんまりにもむごく――鈴懸は直視できなくなってしまった。



「……千歳さま」



 織は、声を絞り出すようにして泣く千歳を、そっと抱きしめる。はあ、と体の熱を逃がすようにゆっくりと息を吐いて、そして体内にはいった千歳のものを奥にいざなうようにゆるりと腰を、突き上げて。



「……千歳さま。私の言葉を、きいてくださいますか」

「……織、?」



 ぴく、と体を震わせながら、織は静かに言葉を紡ぐ。今、されている行為にそぐわない透き通った声色は、不思議と千歳を魅了した。千歳は顔をあげ、涙で濡れた瞳で、織を見つめる。



「千歳さま――……私は、つい最近……恋を、しました」

「……!」



 そして織から投げかけられた言葉は、千歳をはっとさせる。なんとなく、千歳が鈴懸の方を見遣れば――鈴懸も織の言葉に何かを感じているようで、きょとんとした顔をしていた。



「私はもう19歳になるのですが……初恋を、最近、したのです」

「……竜神、か」

「……はい。ずっと、他人が怖くて、恋とは無縁の人生を送ってきました。だから――……初めて恋をしたときは、怖かったです。自分の知らない自分が、心の中に居座り始めたから」



 織の瞳は、どこにも向いていない。千歳に語りかけるようでいて、過去の自分へ語りかけているようだった。織の瞳は、不可視で大切なものへ、向いていた。



「始めの頃は、可愛いものだった。傍に居て欲しいとか、指先に触れて欲しいとか……ささやかな、恋心を抱いていた。きっとそのころの私は、きらきらとしていた」

「……今は? 今も、おまえは……」

「今、――今の、私は……」



 千歳が、織を急かす。しかし、鈴懸はその先の言葉に些か恐怖を覚えた。これから織が何を言い出すのか、全く予想できなかったからだ。

 鈴懸は織と結ばれて――それからは、ずっと幸せな日々を過ごしていた。有栖川との件があってからはまた変わってきたのだが、それ以前はひたすらに幸せな恋人との生活をおくれていたと思う。だから、織が「恐ろしい」と言うものがなんなのか、わからなかった。

 不安げに瞳を揺らす鈴懸に、織は気付いたのだろうか。柔らかく目を細め、虚空に、語りかける。



「――……貴方と、ふたりきりになりたいと思う。誰もいない黄泉の国へ行って、永遠に貴方と愛し合いたい。浮世を離れて、空蝉でなくなって……しがらみのないところで貴方だけを感じていたい。それが叶わぬなら――貴方に食い殺して欲しい。貴方の体の中で、血となりて生きていたい」

「……織――……」

「幸せの底へ堕ちてゆくと、私はそんなことを思うようになりました。これは、狂っているのだろうか……そんなことを、時々考えます。そして、もう私は、昔の私とは違うのだと切なくなります。あの頃のように、純粋ではないのだと――……」



 織の言葉は、どこか、儚かった。もう戻れない昔の自分に別れを告げるようなその言葉は、哀しさすらも汲んでいた。けれど、そんな言葉を囁く織の表情は穏やかで。

 

「……けれど私は、恋をしたことを後悔していない。貴方を想うたびに感じる胸の締め付けを、幸せな痛みだと感じている。狂ってしまうまでに貴方を想って――私は、「生きている」のだと、そう感じることができるのです」



 まぶたを閉じて、静かに微笑んだ織の表情は――幸せそうだった。鈴懸も千歳も、目が釘付けになるくらいに、織は美しかった。



「……織、おまえは――……穢れを、肯定するのか」

「――その穢れが、私が私である証なら、受け入れます」

「……、」



 千歳はゆっくりと体を起こし、織を見下ろした。

 透き通った、織の瞳。織の言葉が心からのものである証拠だ。織は、鈴懸に恋をして、闇よりも深く愛し、そして光の未来を見た。強い想いは織という人間を変えていったが、それが織の新たな未来を産む。織はそれをわかっていた。だから、迷いなく鈴懸のことを愛していた。

 そんな織の言葉は、千歳の胸に深々と突き刺さる。



「織――……俺は、……」



 織への想いを、隠していた。織への想いが穢れていくことを、恐れていた。けれど――こうして、鈴懸に恋をする織は、美しい。想像するのも悍ましいような強烈な想いを抱いているというのに……美しい。

 ああ、恋をすることは、美しいことなのか。

 千歳は思う。そして、溢れそうになる想いに胸が苦しくなり、胸を抑えた。呼吸が苦しい。目眩がする。想いが、変貌を遂げようとしている。



「織……好きだ。俺、織のことが……好きだ」

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