箱馬車を破壊され、妖怪に襲われ……流石のことに、今回の有栖川家の舞踏会の参加は見送ることになった。

 織たちはなんとか碓氷家の者と連絡をとり、日が沈む前には再び碓氷の屋敷に戻ってくることができたものの……その空気は、非常に重かった。初めて織を襲う妖怪を目の当たりにした伊知と両親は放心状態、自らの手で識を護ることのできなかった詠は顔に影を落とし、そして当の織は一切の言葉を発しなかった。



「……はあ、」



 屋敷に帰るなり、織は自室に引きこもってしまう。きっと、今日のことで、今後自分が外に無理に出されることはないだろう――そんな安堵を胸に抱えながら。

 一つ心配事があるとすれば、詠のことだろうか。伊知も、織の両親も、他人を責めるようなことは殆ど無い。そのため詠が責められ傷つくようなことはないだろうが、詠本人がかなりの落ち込みようだったため、織はどうしても気になってしまった。ただ、詠は屋敷に着くとすぐさま織の両親と話をしたがり、織の入る隙もなかったため、織はこうして逃げてきてしまった。

――ああ、自分が嫌いだ。

 両親も、伊知も、そして詠も。自分のことを考えてくれているというのに、その話に関わりたくなくて逃げてしまった自分が、嫌いだ。織はそんなことを想って、塞ぎこむ。

 放っておいてくれればいいのに。どうせこの先外に出ることなんてできないのだから、もう俺を碓氷家の息子だなんて思わなくてもいいのに……そんな想いを織は常に抱いている。

 自分の人生に諦めを抱いているから、全てを拒絶し、全てから逃げてきた。家族や周りの人達を、全て避けていた。しかし、そんな、自分を想ってくれている人たちの優しさは知っている。理解している。だからこそ、こうして拒絶をしてしまうことへ罪悪感を抱き、自分を嫌った。



「……いっそ、あの時死んでしまえばよかった」

「――それはだめだ、織!」

「……」



 鬱々とした気持ちを吐き出すように呟いた、織の独り言に。反応する者が、一人。

 織が口元を引きつらせながら振り向けば、そこには――鈴懸が腕を組みながら立っている。



「あの時救われたことに感謝しろ。俺を讃えろ。俺への信仰を忘れるな、織!」

「……まだ、いたの」

「当たり前だろう! おまえには俺の存在をしっかりと刻み込まないとだからな!」



――偶々助けられた神様・鈴懸。彼は、あの神社からずっと織に憑いてきていた。やはり織以外の人間には見えていないようで、誰一人として鈴懸の存在に気づいていない。人に害を与える憑物ではないため、織も焦って祓おうとはしなかったが……やはり、こうして側にいられると、鬱陶しい。他人が自分の側にいるだけでも苛立たしいというのに、この鈴懸という神様、なかなかに騒がしく、織のことを休ませてくれるつもりがないらしい。



「どうした、こっちを見ろ、織! この神々しい俺様をその目に焼き付け」

「やかましい」



 人間離れした容姿、輝かしい衣装、見た目は高貴な神様そのものだが……この鈴懸という男は、「高貴」からはかけ離れた性格をしていた。自尊心が突き抜けて高く、空気を読めない。人間に讃えてもらうことを当然と思っていて、織が塞ぎこんでいるのも気にせずに、それを要求してくる。



「織……おまえ、俺が側にいれば妖怪は寄ってこないんだぞ! もっと俺を敬え! おまえみたいな妙な妖気を持っている奴は、ほいほい妖怪が寄ってくるだろうからな。困っているんじゃないのか?」

「……妖気? 俺が?」

「そうだ。妙な妖気を持っている。それのせいで妖怪が魅せられてしまうんだろう。もしかして、知らなかったのか?」

「――……」



 鈴懸の言葉を半分無視していた織だったが、気がかりなことを言ってきたためのそりと体を起こし鈴懸を見つめる。

 妖怪は、自分を食おうとしているものだとばかり思っていたが――鈴懸の言うところによれば、「妖気」を持っているから妖怪が惹きつけられてしまうのだという。なぜ自分が襲われているのかわからず、今まで対策をたてることができなかったため、この鈴懸からの情報はかなり興味があった。もしかしたら、解決策があるかもしれない。



「……その妖気とやらを、消す方法ってないの?」

「知らないな。ただ、竜神の俺がそばにいれば、恐れをなして妖怪は近づいてこないだろう」

「いや……ずっと貴方に付き纏われるの鬱陶しいし」

「鬱陶しいだと!? ありがたいと思え! 俺様だぞ!?」

「……鬱陶しい……」



――期待した自分が馬鹿だった。

 鈴懸に聞いても、無駄であるようだ。織はため息をついて、ふたたび鈴懸から目をそらす。

 どうしたものか。この神様はかなりうるさいが、あまりにも邪険にすれば祟られてしまうかもしれない。たしかに彼が側にいれば妖怪は寄ってこないだろうが、自分の部屋に男が居座るだなんて考えるだけでも頭が痛くなる。



「――織さま」

「……!」



 うんうんと織が悩んでいれば、扉を叩く音が聞こえてくる。そして聞こえてくる、透明感のある、凛とした声。

 詠だ。詠が、織の両親と話を終えて部屋まで来たらしい。ぎゃんぎゃんと騒ぐ鈴懸をひとまず放っておいて、織はゆっくりと立ち上がり、部屋の扉を開けた。

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