金色の午後の日差し、白黒の海。




 電車になる前に、駅のちかくにあるディスカウントストアに来た。あれを買うためである。……ローション。

 涙は所狭しと並んだ商品を見て唖然としていた。この店はとにかく商品の量が多い。ここまで物が密集している空間なんていうのもなかなかないからびっくりしているのかもしれない。



「相変わらずすげぇ」

「うわ……」



 ローション的な物が売ってる場所まできて、俺は「おー……」なんて声をあげてしまった。見渡す限りのアダルトグッズ。友達と面白半分に来たことはあるけれど、ここから真剣に商品を選ぶなんていうのは初めてだ。

 ちらりと涙を見てみれば、放心状態でぽかーんとしている。これは涙のキャパシティを超えてしまっているのかもしれない。あまり他の商品には触れないで、さっさとローションだけ買って帰ろう……そう思った。

 が。



「結生」

「ん?」

「あっち」

「あっち?」



 ローションのコーナーを見ていると、涙が俺の袖を引っ張って遠くを見ている。つられるようにして視線をそちらにむければ……



「る、涙! あっちはダメだぞ!!!!」



 アダルトグッズの首領ドン、バイブのコーナーだった。

 涙にとってアダルトグッズなんて刺激が強すぎる、そもそも涙はエッチなこと自体は苦手なんだ。俺は慌てて涙の視界にアダルトグッズが目に入らないようにしたが……涙が言うことを聞かない。俺の制止を無視して、ずんずんと進んでいってしまう。



「結生、これは?」

「そ、それは……えーっと、そのー……なかで震えるエッチな道具です……」

「どれがいいと思う?」

「うーん……、……ん? どっ、どれがいいと思う?!?!」



 涙の口から何やら物騒な言葉が聞こえたもので、俺はばたばたと涙のもとへ駆け寄った。

 涙が見ているものは、間違いなくバイブだ。用途もきちんと説明した、まさかマッサージ器具と間違えちゃった!なんて可愛い間違いをしているわけではないだろう。



「る、涙……あのな、これはな、……使うっていったら、おまえのなかにいれてな、……つまるところすっごいエッチな道具なんだぞ?」

「俺のなかにいれるとどうなるの?」

「ど、どうなるって……だから、その……涙が、気持ちよくなっちゃいます……」



 子どもにイケナイことをオブラート10枚包みにして教えている気分だ。こんないやらしいもの、涙に教えるわけにはいかない。俺は必死に、涙がびっくりしないように伝えてみた……が、涙は理解しているのかいないのか、その場を離れようとしない。



「……いやらしい、道具なんだよね?」

「う、うん……」

「……うん、知ってるよ、それくらい。俺、こういうの苦手だから詳しくはないけど」

「ほ、ほら、苦手なんだろ、さっさと買うもん買って帰ろうぜ……」

「だ、だから……苦手だから、欲しいなって……結生にやってもらったら、俺も……これで気持よくなれるかなって……」

「……、……っ、……!」



 ……なんたること。

 バイブが欲しいなんてエロ過ぎるおねだりすらも、涙は純粋な気持ちでやってくる。大好きな涙にそんなことを言われたら断れるわけもなく、俺は「ね?」と甘えてくる涙にむかってコクコクと首をふることしかできない。

 っていうか正直バイブとか買ったことがない。AVとかで見たり、友だちがどこからか入手したものでふざけたり、そういうことでしかバイブを見たことがない。ので、実際に自分たちが使うとなるとどれを選んだらいいのか、わからない。



「ち、小さいやつ……に、しような。ほら、無理すると涙が辛いから……」

「……結生と同じくらいのがいい。俺、結生の大きさで慣れてるから……」

「……く、……さっきからそういうことばっかり言う……それで天然ってなかなかにやべえよ涙……」

「なに?」

「いや……じゃ、涙が選んで。自分に……その、い、挿れるんだからさ」

「……うーん」



 涙が商品棚に向き直って、真剣にバイブを選び出す。自分よりも背の高い棚びっちりに並んだバイブを眺め、涙は上を向いたり下を向いたり。ゆったりとしたカーディガンのシワがゆらゆらと動いている様子を、俺はそわそわと見ていることしかできなかった。

 しばらく悩んで、涙はようやくバイブを決めた。シンプルなデザインをした、普通のサイズのバイブ。さすがに俺はLLサイズはなかったかと軽くがっかりしながらも、パッケージをみて驚いてしまう。スイングにピストン、なんでもありのエロエロバイブだったのだ。

 いや、でも、涙が選んだものを否定したりはできなかった。涙は自分の中のアダルトグッズへの苦手意識を取り払いたいんだから、おもいっきりエロいものでいいのだ。俺が「いいんじゃない」と言ってやれば、涙がちょっと嬉しそうに目を細める。



「……楽しみだね、結生」



 純粋な、顔。涙は、本当に卑怯だ。

 「うん」と返すのに精一杯で、俺は涙の瞳を見つめられなかった。





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