×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -






夢をみさせて




 窓際のテーブルにひし形のひなたが並んでいる。ランチのピークを乗り越えてようやく一息ついた頃、休憩に向かった梓さんを見送り、カウンターに腰掛けてそのひし形の日向の中に反転したポアロ≠フ影文字をぼうっと眺めていた。今日は平日だから、近くの学校が終わる時間帯までは暇だろう。
 午後三時、まだ彼女は来ない。今日は撮影が夕方前には終わるからポアロに行くと嬉しそうに言ってたな、と朝の様子を思い出して、自分でも気づかないほど小さく頬が緩む。
 そういえば今日は蒸し暑いからかアイスコーヒーの減りが思っていたより早かった。夕方の入り時に合わせてもう少し準備をしておこうと立ち上がった時、軽やかなベルの音が静かな店内に響く。

「いらっしゃいませ! お好きな席にどうぞ」
「それじゃあ奥の席に。アイスコーヒーをひとつお願いします」
「かしこまりました。すぐにお持ちしますね」

 奥の席に腰掛けた女性は帽子を外した。アイスコーヒーを準備しながら失礼に当たらない程度に横目で女性に目をやる。つばの深い帽子に隠れていた瞳のかたちは誰かに似ているような気がした。

「お待たせしました」
「ありがとう。……あぁ! もしかしてあなたが安室さん?」
「はい、そうですが……」

 まあ、と驚いてみせた女性の表情は、淡いスカーレットに染められた唇に対して少し幼く見えた。その表情もやっぱりどこかで見たことのあるような感覚を覚える。

「ここのお店、食べ物も店員さんもすごく素敵だって聞いたから来てみたんです」
「そうなんですね。今日は海外帰りですか?」
「え?」

 目を丸くさせた女性に、少し不躾なことを言ってしまったかと言い訳をつけ加える。

「腕時計が目に入ってしまって……すみません。それ、日本時間ではないですよね?」
「あぁ! びっくりしたわ、超能力でも使えるのかと思っちゃった。そうなの、今日はこの後日本で暮らしてる娘と食事に行く予定で……このお店で有名なハムサンドを是非食べてみたかったけれど、次来た時の楽しみに取っておくことにします」

 女性は本当に嬉しそうに頬を染めてはにかんだ。一時に針をさす腕時計は六桁七桁は当たり前の海外ブランドの物だった。有名な財閥、芸能人、企業社長……心当たりのある日本人女性を思い浮かべても、目の前にいる女性に心当たりはない。
 女性の柔らかい雰囲気と、気になると聞かずにはいられない自分の性格が相まって、つい「いい時計ですね」と声を掛ける。

「デザイナーなの。服はもちろん、財布や時計、はたまたコスメから日用雑貨まで……いろいろね。これも私がデザインしたのよ」

 素敵でしょ? と笑った彼女が時計を見せるように手首を軽く持ち上げた。なるほど、海外で活躍している女性だとしたら自分の知識が及ばないのも無理はない。
 ぽつりぽつりと話し込んでいると、いつの間にか時間は過ぎていき、女性は「あら、もうこんな時間」と少し慌てたように会計を済ませた。

「また会えたら嬉しいわ、安室さん」
「こちらこそ。ありがとうございました」

 そう返した僕の目を見て、女性はからかうようにくすくすと笑う。何か笑わせるようなことがあったかと考えている間もなく、女性は「それじゃあ、また」と言って、鈴の音を響かせながら店を後にした。