×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -






恋に夢を見ている




 最後に恋をしたのは記憶が正しければ十年も前になる。遡れば小学一年生だ。今となっては恋だったのか、はたまたただの憧れのようなものだったのか。それさえ曖昧だ。
 安室さんの家にお世話になって一週間と二日。あまりにも色々なことがありすぎて、こうして穏やかな日常が戻ってくると少し狼狽えてしまう。朝の微睡みからはっきりとしたものに意識が戻ると、目の前には安室さんの顔。
 ひとつのベッドを半分こに。暗黙の了解のようにそうして夜をいくつか越した頃には毎晩寝る時間をドキドキして待つことは無くなっていたけれど、やっぱりいざ並んでベッドに入る時と朝起きて目の前に安室さんの綺麗な顔があるのはいつまで経っても慣れなさそうだ。

「おはようございます。今日は学校に?」
「……おはようございます……はい、園子たちに、あいたいので……」
「ふっ……了解しました、目が覚めて顔を洗ったらリビングにきてくださいね」
「あむろさん、なんでわらってるんですか……」

 五分ほど安室さんの熱が残るベッドでうとうとした後、ようやく目がまともに開くようになる。のそのそと起き上がり、顔を洗った後に言われた通りリビングに向かう。

「今日は撮影無いんですか?」
「撮影はないんですけど、午後にインタビューが一件あるんです。だから午前は学校に行こうと思って」
「……インタビュー?」

 ぱち、と大きな目を瞬かせた安室さんにひとつ頷く。きょとんとした顔で私の顔を見つめる安室さんに気恥ずかしくなって、焼き魚の骨を取る振りをして顔を逸らした。

「……あの、いつまで見てるんですか」
「いえ、驚いて。インタビュー受けるんですか?」
「この前、安室さん言ったでしょう? ありのままでいいって。だからほんの少しだけ、素の自分を出してみようかなって……ちょっとまだ、怖いけど」

 私を見てくれている人に、本当の自分をほんの少しでも晒すこと。臆病者で小心者なほんとの私。今日のインタビューが掲載されるのは明後日だ。芸能人のオフショットやインタビューを載せている週刊誌、断っても前から何度も何度もオファーを申し込んでくれていた。
 初めてのインタビューで、根掘り葉掘りいろいろ深いところまで聞かれるかもしれない。学さんがマネージャーとして横に居てくれるし、取材時間は三十分とかなり短くしてもらった。

「全部はまだ無理だけど……少しずつモデルの苗字名前じゃなくて、私を見てくれたらいいなって思えるようになったんです」

 ひとりじゃない生活に、常に誰かがいてくれるこの生活に、逆上せるくらいの暖かさを貰っている。勇気も自信も、少しずつ少しずつ、確実に自分の中に溜まっていった。

「安室さん、ありがとう」
「どういたしまして。でも全部僕だけが知ってたのに、他の人にも知られちゃうのはちょっと複雑だなぁ」
「……安室さんってそういうところありますよね」
「あ、照れた」
「うるっさ! 安室さんそういうとこ直した方がいいですよ!!」
「あはは!」


 ▽


 ──業界初、苗字名前独占インタビュー!

 でかでかと表紙に綴られた週刊誌はまさに飛ぶように売れていった。SNSでの予告も一切無しだったのに、売上は過去最高を思わせる程。
 メディア露出を好まない苗字名前がインタビューを受けた。たったそれだけのことで、やはりテレビや新聞やネットニュースは大きく騒ぎ立てる。そのお陰で情報があちこちに流れ、飛ぶように売れたというわけだ。

──まずはインタビューを受けてくださってありがとうございます!
──こちらこそ、ずっとオファーをしていただいてありがとうございます。今日はよろしくお願いします。

──色々聞きたいことがあるのですが、まずはどうして突然インタビューを受けてくださったのでしょうか?
──私、結構みなさんの持たれているイメージとは違って、全然クールでも大人っぽくも無いんです。動きや声のあるものだと素の自分が出てしまって、イメージを崩してがっかりされる方も多いんじゃないかと不安だったんです。
──確かに、実際にお会いして驚きました。でも笑顔がとっても可愛らしくて素敵です! その不安を乗り越え、インタビューを受ける決心というのはどういう形で出来たのでしょうか?
──弱音をちょこっと吐いた時に、言ってくれた人がいるんです。ありのままでいいんだよ、君を受け入れてくれる人は必ずいる≠チて。あと、私がまだたったの十七歳の高校生ってことも改めて教えてくれました。だって私、コーヒーも紅茶も苦いから飲めないんです。
──とっても素敵な言葉ですね。そのおかげでこうして今、インタビューを受けていただいているという訳ですね。紅茶も苦手なんですか、なんだか本当にイメージと違ってとっても可愛いですね!

──これからの映像関係のお仕事のオファーはどういう対応をする予定ですか?
──インタビューは積極的に受けていきたいと思っています。なるべく沢山、ちょっとずつ、好きでいてくれる人に私のことを知ってもらいたいんです。今まで事務所のタレントが不定期に更新するブログとかもやっていなかったんですけど、話をしたら個人ページを作ってくれるとのことなので、のんびり更新したいと思います。何でもない日常とか、撮影のオフショットとか、なるべく沢山、色々なことを届けたいと思っています。
──CMやドラマ、映画の出演オファーも未だに多数あるとお聞きしましたが、そちらの方は?
──私はモデルであって女優ではないので、ドラマや映画は女優を本業としている方にやって頂くのが一番だと思っています。それでも私をオファーし続けてくれている監督の方が居て、まずはそのドラマ一本だけ挑戦してみようかと思っています。CM広告に関してはインタビューと同様、こちらも積極的に受けていきたいと思っています。
──自分も苗字さんのファンの一人なので、物凄く楽しみです! これからのさらなる活躍に期待です! 周りのスタッフも苗字さんのインタビューということで、今日はずっと目に見えてそわそわしていましたね。
──あはは、ありがとうございます、嬉しいです! 少しでも期待に答えられるような活動を頑張りたいと思います。今回は少ししか時間を取れなくて、たくさんのことをお話出来なくてすみません。またよろしくお願いします!
──こちらこそ、是非よろしくお願いします!

 たったの見開き一ページ。ファンにとったらこのページの中にたくさんの情報が詰め込まれているのだろう。大人っぽくなくて、本当は年相応。コーヒーと紅茶が苦手。インタビューやCMの仕事を積極的に受ける。ドラマに一本出演する。苗字名前の個人ブログページが出来る。笑顔が可愛い。
 インタビューの合間に所々見える彼女の写真は広告で見るような大人の色気は一切なく、柔らかく綺麗に笑った純粋な少女の笑顔だった。
 インタビューに対するファンの反応は驚くほどどれもこれも良いものばかりだった。

──コーヒーと紅茶が苦いから苦手って可愛すぎない?
──大人っぽい名前ちゃんも好きだけど、笑顔が可愛い名前ちゃんも大好き!
──名前ちゃん大好きな娘と一緒にブログ開設をめちゃめちゃ喜んでる。いつから始まるんだろう!
──ドラマ出演既に決まってるってこと!? やばくない!?
──ブログ始まるってことはCMとか雑誌掲載とかの情報が出るってことか! ありがたい!
──モデルであって女優ではないって言葉、凄いハッキリしてて好感。最近アイドルもモデルも区切りなくドラマや映画に出てたから、そのプロの線引きを改めて付けてくれた感じ。
──少しでも自分のことを知ってもらいたいって気持ちなんて中々出ないよなぁ。

「安室さん! ただいま!」
「おかえりなさい。そんなに走らなくても」
「インタビューの反応がめちゃめちゃ良くて、ってあれ……? その雑誌、」
「つい買っちゃいました。棚に無かったんですけど、店員が二冊買っていたらしくて一冊譲ってもらいました」
「そ、そこまで……本物がここにいるのに」
「はい、改めてすごいことだなぁと驚いてます」
「全然思ってなさそう……」

 ほんとの彼女の表情はくるくる回る。笑顔だけじゃない。拗ねたような顔も、頬を赤く染めた顔も、きょとんとした顔も、まだ俺だけしか知らない。いつか知られていってしまうんだろうけど、それでも、無防備な寝顔はずっと一人占めにさせて欲しい。