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いつだって僕のせい




 あの子は時々心臓に悪い。純粋な丸い目がふと色香を纏ったかと思えば、春の風に吹かれる桜の花びらのように柔らかく笑う。あの子の一挙一動に踊らされてばかりだ。トリプルフェイスが聞いて呆れる。あの子の前じゃ表情ひとつ取り繕うことさえ困難だ。

「安室さん、ストーカーの件は大丈夫なんですか?」
「なんとも言えませんね。あと少しで特定ができそうなんですが、ストーカーは現行犯でないと色々と難しいんです」
「ええ、証拠があるのに!?」

 すっかり仲良くなったふたりはお互い梓さん∞名前ちゃん≠ニ呼びあっている。とても微笑ましい。たまに内緒話をしてきゃっきゃとはしゃいでいるその話題が気にならないこともないけど、あの子が楽しそうならまぁそれはそれでいいのだ。
 あと数分で四時になる。未だにあの子からの連絡は来ない。そろそろ学校が終わったと連絡が来てもいい頃なのに、と燻る不安を考えすぎだと無理矢理押さえ込んでテーブルを片付ける。そこでちょうど店の扉が開き、聞き覚えのある声達にぱっと顔を上げた。どうやら連絡をし忘れていただけらしい、帰ったらお説教をしなければ。

「こんにちは、安室さん!」
「あれ? 園子、名前ちゃん居ないみたいだけど……」
「……あの、ちょっと待ってください。あの子は、名前さんは一緒じゃないんですか?」

 心臓がガンガンと身体中を叩きつけるように鳴る。頭の中で踏切の遮断機に近いような警報音がしきりに聞こえている気がした。困ったように顔を見合わせた二人と、目付きを鋭くさせた一人。園子さんが顔を青くさせて口を開いた。

「お昼すぎくらいに名前から今から学校に行くねって連絡が来たんだけど、結局あの子来なくって。家から来るんじゃ微妙な時間だったし、そのままポアロに向かったのかもねって話してここに来たの」
「……家?」
「は、はい。名前ちゃん、教科書とか置きっぱなしだから取ってから向かうって……」

 エプロンのポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。連絡は無い。彼女の部屋に仕掛けている防犯カメラの映像共有画面を表示させる。鞄と手提げから飛び出した教科書やノートが床に少し雪崩出ている様子が映し出された。

「荷物が置きっぱなし? それじゃあ名前はどこに?」
「ねえ、カメラを切り替えて。……これ、スマートフォンじゃないか?」
「……あの子のだ」

 蘭さんと蘭さんが口を手で覆った。世良さんが呆然とする園子さんからスマートフォンを受け取ると、おもむろに電話をかけ始める。チカチカと光る画面の中のスマートフォン。

「梓さん、すみません、早退させてください」
「え、あ、安室さん……!」
「すみません、本当に。今から名前さんの家に、」
「絶対に見つけてください。お願いします!」

 梓さんが潤んだ瞳をそのままに俺の背中を押す。

「私達も……」
「駄目です。何があるか分かりませんし……何かあったらすぐに連絡してください!」

 車のキーを掴んで店を出ると、ちょうどドアを開けようとしていたコナンくんとぶつかりそうになった。

「あ、安室さん!?」
「ごめん、急いでるんだ!」

 風の音しか聞こえない。あの子はきっと震えている。怖がっている。あの大きな瞳いっぱいに涙を溜めて堪えている。
 不安にさせたくないからと何もかもを隠しておくんじゃなかった。そうすれば彼女はひとりで家に物を取りになんか行かなかったかもしれない。
 あの時あっさりと食い下がらなければ良かった。危険な目にあわせないと言ったのに。大切に、かけがえのないものになりかけていた時に限って意地悪な神様は人間に大きな障害を与える。それを乗り越えてこれなかったから、俺の大切なものたちは全部全部消えてしまった。あの笑顔を、俺はまた失うのか。

「はっ、はぁ……名前さん、」

 部屋の鍵は開いていた。少し形を崩したカーペットの上に無造作に転がったスマートフォン。それを手に取って画面を付ける。部屋に誰かが。俺宛のメッセージはそこで途切れていた。歯を食いしばる。
 いつだって自分のせいだ。立場を言い訳にして関わりを絶って、知らないうちにこの世から去っていた過去の友人達。知っていても、手を出すことをしなかった自分。最期まで警察官としての己を纏って息絶えた、かつての親友。
 今度は自分のせいだなんて言い訳にしない。手を出せる位置にいる。守れる範囲に存在してくれている。
 これは誘拐だ。紛れもない事件。彼女のスマートフォンを使って学さんに連絡を取る。

「もしもし、名前ちゃん?」
「安室です。名前さんが誘拐されました」
「……えっ?」
「とにかく目撃情報を集めてください。何かあったら僕に連絡を」
「え、ちょっ」

 返事を待たずに通話を終える。安室透名義のスマートフォンに電話が入っていた。ポアロを出る前にぶつかったコナンくんからだった。

「もしもし?」
「ねえ、苗字名前さんが誘拐されたんでしょう?」
「どうして君が……」
「知り合いが彼女を連れ去る所を見てたらしいんだ。車を尾けていて、つい十分前くらいに犯人の家と思われるアパートで止まったって」
「本当か!?」

 彼女のスマートフォンを握ってアパートを出て車に乗り込んだ。位置情報を送るから待ってて、と言って切れた通話を切断してハンドルに頭を預ける。
 大丈夫。大丈夫。絶対に、今度こそ。死んでも手放したりするもんか。

ありがとう、安室さん!

 彼女の笑顔、柔らかい声。浮かんでは消えて、そしてまた浮かんだ。繰り返し繰り返し、まるで終わらないエンドロールのよう。天使のような少女の最後を思わせるそれは、紛れもない悪夢だった。