夏戦 | ナノ

 侘助おじちゃん

佳主馬くんが追ってきていないことを確認した後居間を覗けば、何やら怒られている夏希お姉ちゃんと健二さんの姿を見つけた。ちょっと離れたところに大おばあちゃんもいる。
ほかの親戚たちは様子を気にしながら全員食事中のようだけど、一体どうしたんだろうか。

「典子さん、一体どうしたんですか?」
「なまえちゃんおはよう。それが、あの2人大おばあちゃん喜ばせるために恋人ごっこやってたらしいの。それで怒られてるのよ」
「あー、なんか健二さんがバイトだとか言ってたような言ってなかったような」

OZの一件で記憶があやふやになってたけど、確か昨日私達は偽物の恋人なのだとかなんとかっていう話を、ご飯の時に直接聞かされていたことを思い出す。給料はここでの生活あたりだろうか。安い給料…かもしれないけど、健二さんからしたらもはやご褒美かな。経緯は知らないけどドンマイ健二さん。
脳内でもんもんとそんな事を考えていると、直美さんと理香さんの暴露トークが聞こえてきた。

「幼稚園児のくせに恋占いなんかしちゃってさ」
「おじさんと私、っていう作文も書いたことあったわよね」

一番最初からいないから話の流れがよく分からないけど、夏希お姉ちゃんがダンゴムシみたいに丸まっている。でも顔は真っ赤だからまるで猿みたい…あと動きは例えるならムカデか芋虫だろうか。融合した動物?昆虫?を想像したら気持ち悪くなった。変な生き物が生まれてないかこれ。

「全部忘れてぇええええ!昔のことだから!若気の至りなのおおお」

屋敷に悲痛な叫びが響く。若気の至り?何が若気の至りなんだ?早々に佳主馬くんのところを抜けてここに来た方がよかったかもしれない。夏希お姉ちゃんのここまでの経緯がす・ご・く気になる。
ところで、直美さんと理香さんがさっきから廊下の向こう側見てるわけだけど、話の元になった人でもいるんだろうか。好奇心が働いたので少し覗いてみよう。

「もしかしてお前なまえか?」
「ひっ!」

障子から顔を覗かせたところで声をかけられた。下手したらぶつかりそうな距離なのに器用にそこで立ち止まってるのは何故。

「そう、ですけど。えっと侘助さんですよね?初めまして…」
「おいおい初めましてってことはないだろ。10年ぶりだろ?俺もちょうど10年前なの」
「それは昨日の話を聞いている限り理解してますけど…初めましてじゃないですか?」
「……」

わあ!黙られた!でも10年前とか知らんわ!記憶力試すゲームでも仕掛けられてるの、これ。
ていうかこれって危ないフラグじゃないですか死亡フラグ!!
早々と典子さんたちのとこへ逃げよう!!まだキッズ達といた方が安全かもしれないね!

「侘助おじちゃん」
「へ?」

何を突然言い出したんだこの人。
自分のことおじちゃんだなんてそんな趣味…

「お前が10年前俺のことそう呼んでたんだぞ。片隅にも記憶ないのかよ」

「侘助おじちゃん」。
この単語を聞いてからうっすらと記憶が戻ってきた。侘助おじちゃんと、間違いなく私は侘助さんのことをそう呼んでいた。確かパソコンについて興味を持ったのはこの人がきっかけだった気がする。

「パソコンやネット世界ってのはな、10年もしないうちに絶対日常化していくはずなんだ」
「侘助おじちゃんの言ってることよくわからなーい…」
「いずれお前にも分かるようになるよ、まぁこの会話を10年後までずっと覚えているか、興味を持って勉強すればな…」

ふと頭に流れた記憶にあっと声を漏らす。

「本当にパソコンやネットは日常化しましたね…侘助さん」
「おっ、よく覚えてるじゃんかよ」
「あんた達なんの話してんの?」

あれ、典子さんに夏希お姉ちゃんいつの間にここまで来てたの。

「10年前の話だよ、じゃ、俺行くわ」
「えっ、あの侘助さ…」
「なまえちゃんほかっときな」
「は、はぁ…」

やっぱり嫌われてるんだな…記憶の中の侘助さんはいい人なのに、私が来てない間に何があったんだろう。親戚としては気になるよね…
ってあれ!?話し込んでたら健二さんが警察に連れてかれようとしてる!

「翔太さん待ってください!なんで健二さん連れて行こうとしてるんですか?手錠までかけて…」
「あぁ?何も知らないガキは黙ってろ!」
「なっ、何も知らなくはないです!」
「あいつ同様に10年も来てないんだ、今の家庭事情知らないんだろ」
「…っ」

何も言い返せなかった。間違いなく事実。確かに10年も親戚との空白時間がある。10年なんて長い年月だ。ただでさえ毎日会えるわけでもないのに私は一年に一度も顔を合わせにきていないのだ。時間の壁に唇を噛むしかなかった。

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