修学旅行−予行

眠たさを隠すことなく大きな欠伸を一つ二つとこぼせば、傍にいた渚くんに笑われた。朝からこんな近くに渚くんがいるなんて信じられない。夢でも見ているかのような気分で一言おはようと朝の挨拶を交わした。そういえば、と朝メグメグちゃんから告げられたことを思いだし、それについて話しかけようとしたらタイミング悪く杉野がやってきて話しかけるのをやめる。それに気付いた渚くんは首を傾げて私のことを見たけど、なんでもないと首を振った。

今日はいつもより機嫌がいい。なぜなら1限から烏間先生の体育の授業だからだ。本校舎では絶対にやれない暗殺の訓練。こんな心躍る授業は他にない。今日はどんな楽しいことを教えてくれるんだろうとワクワクしていたけど、残念なことにいきなり全員座らされた。後ろの方で膝に顎を乗せて話を聞く。態度が悪いのは多分今日だけです。

「貴重な時間を貰って済まないが授業の前に少し話がある。知っての通り来週から京都2泊3日の修学旅行だ。しかし、これも任務だ」
「あっちでも暗殺?」

そこからは所々に話を聞いていたから大体のことしか掴めていない。だって早く授業したかったし…とりあえず向こうの土地を活用して手配したスナイパーと共に暗殺をしよう!ってことは分かったので、その後はいつもよりたくさん動いた。

思った以上に汗をかいたのでタオルで拭いた後、時期的に用意していた汗拭きシートで体を拭く。石鹸の匂いがやさしく香った。その匂いに混じって私の鼻がひくりと渚くんの匂いを感じとる。
「名字さん修学旅行の班ってどこか誘われた?」
「ううん、どこにも誘われてないよ」

朝方メグメグちゃんがそんなことを言い残して「行き場がなければ私のところにおいで」とかイケメン発言してきたから危うく流れていきそうだったけど、とどまってよかった。私から誘ってしまおうと考えてたのに今朝の杉野ナイス。とりあえず落ち着け私。焦らず、冷静にいこう。

「まだ決まってないならよかったら一緒にどうかな」
「えっ、いいの?うれしい!」
「ここにいるメンバーが班員なんだ。よろしくね」

誰がいるのかなと首を向ければにょきっとした効果音がつきそうな勢いで、緑のピッグテールの女の子が私の前に出てきた。びっくりして半歩下がる。

「よろしくね!名字ちゃん!」
「名字よろしくな!」
「よっよろしくお願いしますっ!」
「名字ちゃんよろー」
「うん!よろしく!」

歓迎してくれたみたいでよかった。ほっと息を吐いて一人一人の顔を見る。ピッグテールの子も目についたけど、最後ふと視線が止まったのは黒いカーディガンを着た赤い髪の男子だった。どこかで…

「その顔じゃ俺のこと覚えてない感じだね。名字ちゃん?」
「待ってこの辺まで出てきてる…っ!誰だっけ?!」
「渚くんは覚えてて俺のことは忘れちゃうんだーひっどー」
「カルマくんあんまり名字さんのことイジメてあげないでね」
「ああっ!!赤羽カルマ!」

本校舎で渚くんと関わりがあった時、たまに話しかけてきたのが赤羽カルマだった。あまりいい印象ではなかったが何度か会話したこともあるような、ないような。
過去の記憶を辿っていると、視界の隅で杉野がキョロキョロしたあと私の方をチラッと見てきた。視線があったので首を傾げる。

「あ、悪い。みんなちょっといいか?実はもう一人誘ってるんだけど…」
「誰を誘ったの?」
「聞いて驚くなよ!クラスのマドンナ神崎さん!」
「マドンナだなんて言い過ぎだよ。よろしくね、渚くん、名字さんも」
「うん、よろしくね」
「う、うん。杉野すごいね」
「へへっ、この日のために誘っといたんだ」

照れ臭そうに笑う杉野はさながら恋する乙女だった。正しく言い換えれば恋する男子かな。いいねこれぞ青春。本校舎の奴らじゃ中々やれないことだろう。ざまあみやがれ本校舎のクズどもめ!

「これで決まったな!どこ回るのか決めようぜ!」

杉野の机にみんなが集まる中、少し不満な気持ちを滲ませる。さっきの神崎さんに対する渚くんの顔は、見なかったことにしよう。

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