今日も、いる。

目を凝らすと、緑の景色に混ざって群青がぽつりと色を添えていた。
ようやく日が昇って薄明るくなってきたというのに、君はいつからそこで待っているのよ…

「お早うございます。今日もお出迎えご苦労様です」
「おはようございます。豆腐のことになれば、考えるより先に体が動くので」

こりゃ重症だ、もうどうしようもできまい。
毎度お馴染みと化した苦笑いを浮かべて、少しずつ慣れてきた動作で荷車を学園内に運び込む。小松田さんはまだ起きていないけど、入門表へのサインをちゃんと忘れない。

「あ、そうだ、久々知くん。これ父上から」

瞬きを繰り返し立ち止まってしまった久々知くんが、私が手に持つ桶を不思議そうに見つめる。

「豆腐が大好きで自家生産してしまう子がいるって話を父上にしたら差し入れにって。多分だけど、それ売り出してない特別品だと思う。見たことないから」

久々知くんは微動だにしなかったので生きてるか指で突こうと手を伸ばすと、逆にその手を掴まれて桶ごと私と久々知くんの距離が近くなる。
端正なお顔だなぁ。

「売ってないんですか」
「えぇ。毎日豆腐を見ている私が言うのよ?うちの商品に、それはない」
「そんなものを、俺がもらっていいんですか?」
「むしろ貰ってくれないと父上が泣いちゃうかも」

くすりと笑えば目の前の彼は桶と私を交互に見つめたあと深々と頭を下げた。

「俺なんかにもったいないくらいです。じっくり味を楽しんで食べさせていただきます」
「そんなにかしこまって食べなくてもいいからね?!また作ってくれるだろうから。あ、おばちゃんお早うございます。納品のほうお願いします」

調理場の出入り口で待っていた食堂のおばちゃんの元へ少し早足で向かう。数の確認とサインを貰って納品作業は終了。

「今日も朝ご飯食べて帰ってね」
「毎度毎度すいません。ありがたくいただきます」

初めての宅配日に朝食をいただいたことを母に伝えたら、事前に伝えなさいと叱られてしまった。2回目の宅配日は朝食の誘いを断り急いで家に帰れば、また食べてくると思ったと私の分だけ朝食がなかったという何とも悲しい事件が発生した。おばちゃんには無理を承知でお金はちゃんと払うから宅配日は朝食を作ってほしいとお願いしてある。食事代は貰ってくれないけれど、毎度作ってくれるおばちゃんには感謝しかない。豆腐運びにも精が出そうだ。
そして疑問なのが久々知くんだ。全ての宅配日に正門前に待機し、私と話をしながら調理場まで共に歩き、その後一緒に朝ご飯を頂くのが何故か恒例になってしまっている。最初は案内役と聞いていたが、もう場所は把握しているしその役も必要ない。なのに、彼はそれを止めようとしない。

「ねぇ久々知くん。今日も私とご飯を食べるの?」
「何か問題でもありました?」
「いや、問題はなにもないけど…帰り道だって分かるし、もう一人で大丈夫よ?」
「また山賊に襲われても知りませんよ」
「それはいやだけど…」

別にいやではないし久々知くんがしたいならいいか、とこのことについて考えるのはやめにすることにし、食堂の匂いが濃くなるのを楽しみながら久々知くんと他愛のない話をする。なんだかんだ言いながらもこの時間がいつもの楽しみなんだ。

「そうだ、今度の宅配日のあと、朝食を食べてから時間ありますか?」
「いつも帰ったらお店の手伝いをしてるからどうかな…どうしたの突然」
「折角だし五年生のみんなに会わせたくて。学園長先生にはもう許可は貰ってるんです」

いいのか忍術学園。これでも部外者にあたる人間なのに。学園長先生はゆるいのかな?

「家族に聞いてみないと分からないから、次の配達日までに手紙を送るね」
「前向きにお願いしますとお伝えください」

久々知くん、必死だね!挙句会話を聞いていたおばちゃんも食事を乗せた盆を運んできながら、是非会ってみるといいと声をかけてきて忍術学園の部外者に対する危機感のなさに不安になる。信頼してもらえてるってことでいいのかな。
とにかく、美味しいご飯を味わって学園を荷車を引いて後にした。今日はこのあと近隣の宿の配達も行かなきゃならない。久々知くんとの約束を忘れないように何度も口の中で唱えて、夕暮れ。馬借速達便で私の手紙が送られた。

(水桶に浸かることがありませんように)
prev next
back