私の家は代々受け継がれる豆腐屋だ。基本的には家でもある店で豆腐を売るが、時に遠くの町まで出張したりもする。その時はだいたい若いからよく動けるだろうという理由で私が駆り出されるわけだが、今月はあまり豆腐の売れ具合がよくないのか出張してこい!と大量の豆腐をいくつもの桶に入れて渡され、いつもに増して重くなった荷車を引いた。
あまりの重さにいつも行く遠くの町まで向かう気にはなれず、誰も見にこない事を祈ってすぐ近くのなるべく人通りのある場所で販売を始めた。
場所がいいのか早くも売れ行き好調。半分ほど売れたところで客足が途絶え、私も休憩しようと母が持たせてくれた握り飯をつまんだ。
休憩を挟んだところで人通りも少なくなり、これ以上客が来なさそうなので場所を変えるために準備して、また荷車を押す。大きなお屋敷のようなそばを進んでいるところで、急に数人の男に囲まれた。

「な、なんですか貴方たち」
「よお嬢ちゃんうまそうなもん持ってんな」
「お頭大量にありますよ」
「ちょっと!勝手に開けないで!やめて!」
「これ全部俺らに渡してくんねえかなぁ。俺ら腹が減ってんだよ」
「ちゃんとお金を払っていただけたら勿論お渡ししますよ」
「分からない子だな。お前ら、やっちまえ」
「と、豆腐にだけは絶対触らせないんだから!!」

うちが大事にしている豆腐を傷つけるわけにはいかない。じりじりと躙り寄る男達は気持ち悪い笑い声をあげながら武器を構えている。
なんの武器も持っていない丸腰の私には到底勝ち目もない。でも豆腐を置いて逃げるわけには…!と荷車を両手を広げて隠す。神様どうか助けてください。ぎゅっと目を瞑って神に祈ると、数秒前まで聞こえていた気持ち悪い笑い声が呻き声に変わった。直後にバタバタと倒れる音。何が起こったのだろうと目を開ければ少年が一人平然とした顔で立っていた。

「もう大丈夫ですよ」
「え?」

周りを見渡せば地面に倒れこんでいる男達。それを縄で縛り上げて塀のそばに投げ捨てた少年。何が起こったのかさっぱりだった。とりあえずこの少年が私を助けてくれたということでいいのだろうか。お礼をしようと言葉をかける前に少年がこちらを向いて声を掛ける。

「君が売っているのはお豆腐かい?」
「え、えぇ。二つ向こうの町の豆腐屋ですが…じゃなくてそんなことよりまずはお礼を」
「一口味見をさせてもらえないかな」

少年は聞く耳を持たず、早く早くと目を輝かせて豆腐の試食を求める。3回目のお礼を…の言葉で私は諦めて試食用の桶を差し出した。じっと中の豆腐を見つめた後ゆっくり手に取り、それをまた見つめる。一周したところで目を閉じ、まるで壊れ物を扱うみたいにそっと口の中に豆腐を放り込んだ。味わうようにゆっくり咀嚼した後音を立てて飲み込む。
こんなにゆっくり試食した人初めて見た。はっとしたところで「如何ですか?」と声を掛ける。未だに目を閉じたままの少年はカッと目を開けるとこの豆腐を10丁と素早く懐から財布を取り出した。

「そ、そんなに買っていただけるんですか?」
「それだけ買う価値がこの豆腐にはある…!まるで絹のような引き締まった表面、溶けるような食感、かといって柔らかすぎず固すぎず、大豆の風味すら感じられる素材の味、いいにがりが使ってある…水もいい。俺は今までこんな豆腐に出会ったことがない!」
「貴方みたいな人に食べてもらえたら豆腐も嬉しいと思います、多分。えっと、そんなことよりお金はいらないです!助けていただいたお礼です。豆腐10丁持って行ってください」
「え、ええ?!せめて半分は買いますよ!」
「駄目です貰ってください!」

嫌だそんなの豆腐がかわいそうだとわけの分からない言い訳をされているが有無を言わさず桶を渡した。事情を話せば両親も祖父母も許してくれるだろうと信じて残りの豆腐を売りに行かなきゃ。まだまだ残っている豆腐を見て、今日は家へ帰れるだろうかと頭を抱える。まだ何か言っている少年にもう一度礼を言って再び荷車を引き始めれば荷車を後ろから引き止められた。

「まだ何か御用ですか?早く行かないと家に帰れないんですけど…」
「君、残りの豆腐はこれから売りに行くの?見るからに多いけど、大丈夫?」
「心配されなくても売るためにこうして町から出てきているわけですし何より慣れてますから。では」
「少し、少し待ってて!すぐに戻るから!」

そう言うなり少年は気付けば私の真横にあった黄色い扉の向こうに消えていった。なんだ、この屋敷の住人だったのか。通りで10丁も払うと言えるわけだ。一応命の恩人であるわけだしさっさとこの場を去るのも悪いと思って少年が戻ってくるのを待つ。にしてもこの建物だいぶ広いみたいだけど一体どこのお屋敷だろうか。と思ったのもつかの間、視界に入ったのは忍術学園とかかれた札。全然忍んでないけど大丈夫なのかしら。

「お待たせしました。今門を開けるので荷車ごと中に入ってください」
「…うん?どういうことですか?呑気なことやってやれないんですけど」
「大丈夫。すべて買い取るためなので」

聞き間違いかな。すべて買い取る?そんな都合のいい話あるもんか。多分騙されてるんだな。早く逃げないと。

「食堂のおばちゃーん!こっちです!」
「悪いねえ待たせちゃって。それでこちらが美味しいお豆腐屋さん?」
「学園長先生も此方に来てくださるそうなので。あ、試食用のお豆腐いただけますか?」

な、なにが起こっているんだ?目の前に現れたおばちゃんとあっちから犬を連れてくるおじいちゃんはなんなんだ?もしかして本当に全部買い占めるんじゃ…

「兵助がそこまでいうのだからさぞかし美味い豆腐なんじゃろ?」
「えぇ、文句なしです。学園長先生にもいいですか?」
「は、はぁ。どうぞ」

ていうか私みたいな部外者が安易にこんな場所に入っても良かったんだろうか。試食してもらった豆腐も美味しくないと言われて買わないって言われたら私の存在を消されたりしない?大丈夫よね?

「味付けもないのに美味じゃ!是非うちの学園の食事に出したいのう」
「そうねぇ。これはお残しも出ないくらい美味しいわ」
「というわけじゃ。差し支えなければ全部買ってよいかの?」
「ほ、本当に全部買われるんですか?少しくらいならおまけしますけど、あまり大きな額は無理ですよ?!」
「なぁに金の心配はいらん!おまけも必要ない!生徒達に美味しいご飯を食べさせてやるためなら金は惜しまん。なぁおばちゃん」
「学園長先生のおっしゃる通りだわ」
「〜っっ!まいどあり!」

あまりの嬉しさにちょっと涙出た。私も食堂まで豆腐を運ぶのを手伝わせてもらい、荷車に積まれた全ての桶の中身が空っぽになった。これで私は家に帰ることができる。珍しく日も沈んでいない早い時間帯だ。

「ところでお主はどこの豆腐屋じゃ?」
「二つ向こうの町の豆腐屋です」
「二つ向こうか…うーむ…定期的にここまで来ることは可能か?」

定期的?毎回行くところに比べたら断然こっちのが近いし来れないことはないけど。

「豆腐料理を出すときに、お主の豆腐屋を常連にしたいのじゃが…欲しいときは文をよこすから来てはもらえんか?」
「え、えええ?!いいんですか?!」
「こんなに美味しい豆腐は初めてじゃ!これからも食べたいから次も来てくれ!」
「ありがとうございます!!是非!よろしくお願いします!」

あぁ今日はなんて日だろう!早く家に帰って報告しなくちゃ!

すっかり軽くなった荷車に口角は上がりっぱなしで、学園の門まで向かうとご丁寧に試食をした方達が見送りに来てくれた。出門表とやらにサインをしてもう後はここを出るだけ。早足で家まで急ごう。

「今日は誠にありがとうございました!すぐに此方から手紙を送るのでお返事願います」
「待っとるぞい。気を付けて帰るのじゃぞ!」

私は顔に目一杯の笑顔を浮かべて門をくぐった。よし!帰る「待って!」ぞ?

「待って!あ、あの」
「まだ何かご用で…?」
「君の名前とか、聞いてなかったから。俺は久々知兵助。五年…えーっと、14歳なんだけど、君は?」
「名字名前、年は君と一緒です」
「そっか、同い年か…あーその、えーと」

久々知さんの煮え切らない態度に首を傾げる。この時間が勿体無い。珍しく早く家に帰れるのだから早く話を終わらせて。

「これから、名字さんのところの豆腐、楽しみにしてるから。今日は俺の不審な態度にびっくりさせただろうし、無理矢理学園に引っ張ってごめん。それじゃあ気を付けて帰ってね」
「あっまっ…行っちゃった」

散々言うだけ言って言い逃げとは何ということだ。でもうちの豆腐をあんだけ褒めてくれたうえに素敵な契約先を作ってくれて、更には私の命の恩人になった久々知さんには感謝しかしようがない。お礼も面と向かって言いそびれたけど、今度来るときお礼に別で豆腐を用意しよう、そう決めて学園の門を抜けた。

(おたうふ、おたうふは如何?)
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