僕だけが知る、君の好きなところA
しばらくシン、とした時間が流れた。が、沈黙に堪えきれなくなったのか瀬名先輩が先に口を開いた。
「あのさぁ名前、俺はシリアスとか苦手なんだけど?ほら、早く答えてよ。それとも、図星だったりする?」
ただでさえクールな表情が、ますます冷たさを帯びていく。
『好きとか、そういう感情はないです。同じ学園の生徒として、仲良くしてもらえたら嬉しいかなって思ってます。先輩が誤解するようなことは何もないんで、安心してください』
「本当にそうかなぁ。俺、見ちゃったんだよね〜」
笑顔を浮かべるも、目がこれっぽっちも笑ってない。
『何を見たんです?』
「ダンスルームで、ゆうくんと2人っきりでいた日があったよねぇ」
『ありましたね』
「ゆうくんと、手を握ってたよねぇ」
『あー、そんな事がありましたね』
私の脳裏に、あの日の出来事が浮かんだ。いつもペンやパソコンを使ってプロデュースをしているせいか、肩から指先にかけて疲れ気味の私。それを優木くんに話したら、簡単なマッサージを教えてくれたんだっけ。優木くんは誰にでも優しいし、とにかく気遣いに長けている。
いちいち説明するのは面倒だけど、拒否権を使うと更に面倒くさいことになりそうだから、ここは素直に話した方がいいかも……そう判断した。瀬名先輩は優木くんが絡むと、異常というか過剰な反応を示すからだ。
『マッサージです』
「は?マッサージ?」
『疲れ気味だからと、優木くんの優しさです。それだけです。瀬名先輩が見たのは、手のひらをマッサージしてた場面だと思います』
「……」
『はっきり言って、瀬名先輩の誤解です。私は平気ですけど、優木くんを疑ったりしないでくださいね』
そう言い切ってみるが、瀬名先輩は何の反応も示さない。この人の沈黙ほど怖いものはない。少しの沈黙の後、ふっと先輩の口元が上がった。この表情を浮かべた時は、何やらよくない事を思いついた時だ。怖い、怖すぎます、先輩。
私の嫌な予感は見事的中し、瀬名先輩は不敵な笑みを浮かべながら思いがけないことを言い出した。
「これからは、俺がしてあげるよ」
『何をです?』
「マッサージ」
『えっ!?』
私は目を丸くした。
「この俺が直々にしてやるんだから、光栄に思ってよねぇ」
『嫌です!』
はっきり、きっぱりと断りを入れて逃げようとしたけれど、先輩は面白そうに私の腕を捕らえ、「いいから、おいで」と引っ張った。あまりの強引さに圧倒されて、私はわけがわからないままいきなり床にうつぶせに倒され、両腕をがっちりと押さえられてしまう。
『せ、瀬名先輩?』
かつてない危ない状況で、思わず上擦った声をあげた。
「後輩のくせに逃げようとするとか、チョ〜うざぁい!」
『先ぱっ……!?』
言葉が途切れたのは、いきなり手のひらで腰の辺りを押されたから。背筋に、ぞくりとしたものが突き抜ける。
「どう?気持ちいい?ゆうくんとどっちが上手い?もちろん、俺でしょ」
ドキドキと早鐘を打つ心臓がうるさくて、気が遠くなりそう。先輩の体重に押さえられ手足にはまったく力が入らず、まさにされるがままの状態。
女の子を力で押さえつけるなんて、マジ信じられないっ!
「何?どうしたの?俺じゃ物足りない?」
『な、何言ってるんですか?変なこと言わないでください。早くどいてくれませんか?重いんですけど』
「あんたさぁ、自分の立場わかってないよね。ゆうくんには触らせたくせに、俺はダメなんだ?傷つくなぁ」
からかうにして、限度がある。
『やっぱり先輩は意地悪です。優木くんなら……』
答えた瞬間、瀬名先輩の手がすっと脇腹を撫でられた。
『……っ』
ほんの少し触れられただけで、私は声にならない声を上げた。先輩が顔に近づいてくるのがわかる。
「生意気だねぇ」
『やっ……』
うろたえた声を上げると、耳元にかかる吐息がふっと笑った。
「冗談だよ」
あっさりと、私の背中から退く瀬名先輩。私は慌てて身体を起こして、先輩を睨みつける。けれど先輩は、身じろぎひとつしない。
『用がないなら、か、帰りますっ!』
立ち上がっておぼつかない足取りのまま部屋を出て行こうとすると、不意に背中が熱くなった。瀬名先輩に抱きしめられたから。
「……悪かったよ」
足を止めて振り返ると、明らかに動揺している様子の先輩がいて。目が合うと、僅かに口角を上げて見せる。
「名前ってさぁ、みんなには笑顔で対応してるくせに、俺には可愛くない態度をとってさ。いいかげん失礼だろ、俺に。ムカつくんだよ」
ムカつくって何?戸惑いながら私はその読めない眼差しに、胸を高鳴らせる。
『あの……』
「ちょっとぉ、まだわかんないんだ?ほんっと、チョ〜うざぁい!勝手に誰かのものにならないでよね、ってことだよ」
不機嫌そうに、ため息をつく先輩。つまりそれって、瀬名先輩が私の事をす、好きってこと?
いつも、意地悪なことばかり言ってくるのに?まさか……優木くんに嫉妬してたり、する?自惚れるつもりなんてないけれど。それなのに、どうしてとんでもないことを尋ねる気になったのか。
『瀬名先輩……私の事好きなんですか?』
胸の鼓動がドキドキと速くなるのを感じながら、私は息を呑んだ。
「好きだよ。腹立たしいことに」
瀬名先輩からは拍子抜けするくらい、あっけない答えが返ってきた。
『…………』
私は何も答えられなかった。すぅっ、と身体の力が抜けていく。
「絶対、スキって言わせてやるから。覚悟して」
虚脱状態の私の耳元に、少し掠れた声が命じた。
上目遣いに見上げると言葉とは裏腹に、憂いを帯びた眼差しを向けられて、耳が熱くなる。ドキドキと、高鳴る鼓動をおさめるのに必死だった。