陽炎



「さつきちゃん…」

「んっ…」

ベッドで綾仁君が優しく私を抱き締める。
遠慮がちに灯るルームライトの光だけが頼りの彼の部屋は薄暗い。
私達はいつもみたいに肌を重ねていた。

行為の最中に私は絶対に彼の名前を呼ばない。

だって、別の人との夢を見ているから。


「大丈夫…?ここ…イイの…?」

正面から私と繋がっている彼。
ゆっくりと私の反応を確認して、大切に大切に抱いてくれる。
粘膜は蕩けて、彼の肉棒に吸い付いていた。

綾仁君は宗弥と全く違う。
私の肌を撫でる指も
キスをする唇も
私を呼ぶ声も
その全てが慈しみに溢れていた。

けれども、強引で自分勝手でただの欲望のはけ口みたいに扱ったそんな酷い男を忘れられない私はどうかしているのだろう。
宗弥とはバイトが一緒だった。
しかも、働くうちに同じ大学でしかも同じ学年で同じ学部って共通点がどんどん見つかり仲良くなるのに時間はかからなかった。
そして、いつも仕事を手伝ってくれる彼の優しさとあの子犬見たいな柔らかい笑顔に強烈に惹かれたのだ。
私は想いを伝えたけれど、彼女を作る気はないと断られてしまった。
けれど、いつしか身体だけの関係を持つようになり、ずぶずぶとはまって抜け出せなくなってしまった。


「あぁっ…ふぁっ…」

快感と哀しさが込み上げて涙が零れる。
すると、温かい何かが私の頬をそっと撫でた。

「泣かないで…」

貴方の指が優しく涙を拭う。
涙で滲んだ視界に映る綾仁君は困った表情をしていた。
色素の薄い髪の毛が心もとなく揺れて、一重の大きな瞳を悲しそうに伏せる。
サークルの中心でいつも笑顔で皆とダンスをしている彼からは程遠かった。

駄目なの…優しくしないで…
私は最低で、馬鹿な女なの。

罪の意識に苛まれながらも
目の前の淫らな行為に没頭する。

私はただ利用されているだけ。
本当に好きな人は別の女の子に夢中。

どんなに願っても愛される事はない。
だけど、彼の相手を恨む気にもなれない。
その女の子も宗弥のせいで傷ついたから。

今、私を抱いてる彼の腕は少し前まで彼女のものだった。


「綾仁って奴に近づいて、あの2人 別れさせてくれない?」

ある日、自分のアパートに私を呼び出した宗弥に突然そんな事を言われた。

「えっ…?」

「お前、ソイツと同じサークルなんだろ?近づけるチャンスいくらでもあるじゃん。俺、アイツの彼女の芽衣の事が好きなんだよ。わるだろ?」

服を脱ぎながら平然ととんでもない事を言い出す彼。しかも、私の気持ちを知りながら他の女の子への好意まで口にした。

「俺の事好きなら、俺のために何でもできるでしょ?したら、今日はいつもよりも優しくしてやるから」

宗弥は私の大好きな笑顔でそう言った。
逆らえる訳がない。
惚れた女ってそんなもの。
悪い事と知りながら、宗弥の言いなりとなって綾仁君と芽衣ちゃんを…

私が2人を別れさせようとしている間も、彼は何時も自分勝手に呼び出しては私を抱いた。
関係を持っていた間、嘘でも"愛してる"なんて言葉は1度も言ってくれなかった。


「くっ…はぁっ…」

私の腰を抱き寄せて、膣奥に肉茎を打ち付ける綾仁君。眉をひそめて重く息を吐くその表情はどこか苦しそう。

重なる快感に浮かされながらも、シーツを握り締めて必死で耐える。

ねぇ、綾仁君。

私と芽衣ちゃんの間で揺れ動いて
悩み苦しんでいたのを知ってるよ?

心の中で何度も謝罪した。

御免なさい
貴方は悪くないって…


貴方達がまだ付き合っていた頃、一緒に歩いている姿は何度も大学で見かけた。
遠目からみてもお似合いで、しかもお互いを大切にしてるのが伝わってくる、まるで幸せな絵に描いた様なカップルだったのに…

それを壊したのは私。

宗弥は見事に彼女を手に入れて
私に残されたのは震えない携帯を待つだけの生活。

あの人は近くにいる様に見えたけど
本当は遠くで揺らめくただの幻想だったの…
手を伸ばしても決して届くことなんてなかった。

そして、現在はその傷を埋めるように今度は綾仁君と…


「さつきちゃん…さつき…」

「はぁっ…あぁっ…!!」

彼が腰を打ち付ける度に身体が震える。
頬に沢山のキスを落ちてきた。
ギシギシと激しくベッドが軋み始める。
その衝撃に絶頂が近づいてきて、腰を掴んでいる綾仁君の手に自分の手を重ねる。
すると、ぎゅっと手を繋いでくれる。
彼の温かさが伝わって胸が苦しくなってきた。

「はぁっ…!もぉ…ダメ…!」

「くっ…一緒にイこ…?」

与えられる甘い刺激に我慢できなくなって、腰の中が痺れ始める。
きゅっと綾仁君を締め付けると膜越しに熱が伝わってきた。

「さつきちゃん…いつか俺の事だけみて…」

行為が終わった後、2人でシーツの波に漂う。
私を腕の中に収めて髪を撫でながら彼が呟いた。

もし、綾仁君に先に出会っていたなら…
なんて考えても仕方ない事が脳裏に浮かぶ。

「綾仁君…」

見上げると、貴方は少し寂しそうに微笑んでいた。

きっと、この人は…

彼が差し伸べた手を素直に取る事が出来たらどんなに幸せになのだろう。
彼の隣で一緒に笑い合えたらどんなに幸せなのだろう。

だけど、私の心を溶かす事ができるのは宗弥の笑顔だけなの…



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