▼ 後日来店時のセクハラ 前編2
「そっか、じゃあ結構このお店に通ってくれていたんだね。早苗ちゃんみたいな綺麗なお客様にどうして気付かなかったんだろう?」
「光長さんにそんな事言われたら私…」
いつの間にか敬語でなくなった光長さんは私の肩を抱いて、嬉しい事を言ってくれる。お世辞と分かっていても、こんなイケメンにそんな事を言われてはドキドキが止まらない。
しかも、接客も言うまでもなく完璧だ。
私のグラスのお酒が少なくなれば、すぐに足してくれるし、何か食べたいなと少しテーブルに視線を落とせば、すぐにオードブルやフルーツののったお皿を取ってくれる。
楽しくトークをしながら、きちんと私の事を観察して気配りをしている様は本当にNo1ホストなんだと納得をさせられる。
「このキウイ美味しいよ?お肌にもいいし…ほら、あーんして?」
フォークに刺したフルーツを、私の口許に運んでくれるので、そのままいただく。
「ほんとだ…美味しい…!光長さん食材にも詳しいんですね」
「うん。趣味で料理もするから、自然と知識がついてきてさ。僕が最近作った料理見てみる?」
「えっ!?これ光長さんが自分で作ったんですか!?すごーい!全部美味しそう!」
ケータイで見せてもらった写真は、どれもまるで一流レストランの料理と見間違えるものばかり。何でもできる人なんだと、更に虜になってしまう。しかも、自宅で撮った写真らしいけど、その背景もまるでドラマの主人公が暮らすようなシックでお洒落な部屋。私生活まで完璧とは流石すぎる。
「いつもより声が高いな、政宗」
「全くだ弓月。しかも上品に両手でグラスを持って飲んでるぜ?普段はおつまみ食べながらおっさんみたいに飲んでるくせにな」
うっとりと光長さんを見つめている私に、二人とも胡散臭そうな視線を向けては、井戸端会議の奥さまたちが噂話をするときの様に顔を寄せてこそこそと話している。
…全部聞こえてるっつーの!!
「うるさい!あんたたち邪魔しないでよ!」
「「おー怖い怖い」」
振り返ってキッと睨み付ければ、二人とも棒読みで両腕を抱いて怯える真似をしてくる。
完全にバカにして!!
「いつもこんな感じなの?政宗さん達と」
にこにこと微笑ましいといった様子で光長さんが訊ねてくる。
「…そうなんです。こうやって二人がからかってくるんですよー。仕事の愚痴とか聞いてもらえるし、一緒に飲んでると楽しいんですけど、すぐに茶化すんです!」
「君の反応が面白いんだから仕方ないだろ!でも、もう俺達はただのホストと客じゃないからなぁ」
「ちょっ!?政宗!?それは…!」
ニタニタと笑いながら、いきなり爆弾を投下するNo12ホスト。
「え?何?どーゆー事?政宗さん」
そんな横やりに首をかしげる光長さん。
「この間、俺と弓月はコイツと…「わー!!なんでもないです!」
慌てて大声を上げながら立ち上がり、政宗の話を遮って奴の頭をスパンと叩く。
本当に心臓に悪い男!
その勢いで、政宗はそのままソファに突き刺さっていた。
「…ご愁傷様」
一連の出来事を、まるで他人事だと言わんばかりに弓月はオレンジをもぐもぐしている。
「この間、偶然、出掛けた先で会っただけです!やましいことは何もないです!この人のいつもの冗談ですから!」
大慌てで何もないとごまかす。
大きな身振りで光長さんへ必死に訴える私を見て、弓月は横で俯いたまま、笑いをこらえてるのだろう、ぷるぷると震えている。
「まぁ、政宗さんはたまに質の悪い冗談とかも言っちゃうもんね。でも、頼りになるし、面倒見もいいから、僕は先輩として尊敬してるんだ」
光長さんがクスクスと笑う。
その言葉の端々から、本当にこのろくでもない政宗を慕っているのだと感じた。
そんな中、コンコンとドアがノックされて、No3ホストの如水さんの凛々しい顔が覗く。
「失礼します。光長、俺と一緒に指名入ったぞ」
「OK!すぐに行くよ!」
如水さんに返事をして、私の方に向き直る光長さん。
「じゃあ、今日はこれでお別れになっちゃうけど…よかったら次回、指名してくれると嬉しいな。早苗ちゃんみたいな綺麗な女の子なら大歓迎だ…」
「光長さん…」
憧れの人の顔が近づいて、その綺麗な手が私の頬を撫でようとした瞬間ーーーー
「はい終了ー!!」
突然、政宗ストップが入る。
私は引き離される様に弓月に抱き寄せられ、いつの間にか政宗は光長さんに背後から乗り掛かり、口に手を当てていた。
「全く嫌な驚きだぜ。光長、俺の大事な客を取ろうとするなよ」
「ごめんね、政宗さん。初めはそんなつもりなかったんだけど、可愛くてさ、つい…」
降参と言わんばかりに両手を上げながら、身支度を始める光長さん。政宗は溜め息を吐きながら、先程まで彼がいた場所に腰を沈める。
「じゃあ、政宗さんと弓月さんと引き続き楽しんでね。二人に飽きたらいつでも僕を指名してね!」
なんて、投げキスをして手を振って去っていく姿は正に伊達男。
違うんです!
私は初めからずっと貴方を指名してたんです!
そう叫びたかったけど、両脇の二人がかなり威嚇しているから、そんな事は叫べなかった。
「光長、アイツは天性のホストだな」
いつものメンバーだけになった所で、弓月がしみじみと感心した様に呟く。
「光長さん、かっこよかった…」
「こうなる予感がして、だから君に絶対会わせたくなかったんだよ!」
私が余韻に浸っているその一方で、政宗は珍しく不愉快そうにウィスキーの入ったグラスに口をつけていた。
「政宗、そう気を落とすな。これからが本番だろう?今日はこの部屋に俺達だけだ。存分に楽しもうじゃないか」
ニヤリと妖しく微笑む弓月に現実に引き戻される。
ろくでもない予感しかしなかった。
2016.10.19
天野屋 遥か
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