戦火 [ 12/39 ]
*mogusuさんの「
戦火」を見て、勢い余って書きました。
火の爆ぜる音がする。
すべてが燃える。すべてが消える。灼熱の炎に呑まれ、黒く焼け焦げ、跡形もなく消える。
寒空の下、自慢げに咲き誇る白い花はもうない。
笑い合う侍女達の声は悲鳴に変わり、野卑な男の怒号が断末魔を生む。
朝を告げる雄鶏が夜中だというのに天高く叫び、すべての終わりを告げている。
舞い散る赤は、炎か、血か。
もうそれすらも分からない。
「なにをなさっておいでか」
掠れた声が冷ややかに私を射抜く。手にしていた刃をあっさりと奪われて、己の弱さを痛感した。短剣というには長く、長剣というには短いその剣は、この家に代々伝わる宝剣だった。決して華美な装飾ではないけれど、先祖代々伝えられてきたものだ。
その銀の刃で喉を貫こうとしていたというのに、掠れた声の男は私からその剣を奪い取って我が物顔で構えている。
「返しなさい。あるいは、そのつるぎで私を貫きなさい」
「……なにを馬鹿なことを」
今朝までは「お嬢様」と恭しく跪いてきた男は吐き捨てるようにそう言って、奇声を上げて飛びかかってきた男を斬り伏せた。あまりにも一瞬のことで、私は目の前でなにが起きたのか分からなかった。すべてが焼き尽くされる音の中に、倒れた男の呻き声が混じっている。
鼻先をくすぐる焦げ臭さの中に、鉄臭さがより一層濃く加わった。
――ああ、どうして。
どうしてこうなってしまったのだろう。今朝までは平和だった。私は庭園で紅茶を飲み、ハープを楽しみ、母とレースを編んだ。いつもと変わらぬ一日だった。なのに、どうしてこんな。
夜の訪れは、望まぬ悪夢まで連れてきた。領土争いなどという言葉一つで、後の民衆は片付けるのだろうか。そんな言葉では到底この悲惨さは伝わらない。
あちこちで首が転がっている。死体が燃えている。血が、肉が、悲鳴が、零れて垂れ流しになっている。
夜だというのに空は明るい。屋敷が燃えているからだ。
もうなにも見たくない。嗚咽とともに目を塞げば、男が失望を滲ませた溜息を吐いた。
「お前、私の従者ではなかったの。命令よ、もうなにも見たくはないの。早くそれで私を殺して」
父は死んだ。母も死んだ。
親しかった侍女も、優しかった庭師も、みんな。
燃える屋敷を離れた丘の上で眺める私は、なんと罪深いのだろう。
「俺は伯爵さまにお仕えしていたのであって、貴女に従った覚えはない。だが、その伯爵さまが貴女のお命を望まれた。たとえ戦火に呑まれても、貴女だけは生きながらえさせよ――と」
――ああ、ひどい。
「どうして、」
「貴女が次期領主となり、この土地を取り戻さなければならない。屋敷は燃えた。主は死んだ。今からこの領民は奴らに蹂躙されるだろう。貴女に、死という逃げ道は与えられない」
「もう見たくはないのよ!」
なにも見たくない。
美しかったあの光景が失われていくところなど、なにも。
「ならば見なければいい」
耳元に落とされた囁きとともに、背後から男の手のひらが目元を覆った。温かい。けれど、節くれだった指には焦げ臭さと鉄臭さが染みついている。血の匂いがするその手に、ぞっとした。
触れてくる熱は確かに温かく、背中に感じる鼓動は一人ではないと感じさせてくれるのに、どうしてかとても冷たい。
塞がれた視界の向こうに、置いてきた人々が燃えている。当たり前の幸せが、消炭になっている。耳に届くあの音を、すべて消してしまいたい。
「――貴女をお守りする」
指の隙間から、戦火が見えた。
夜を照らす火の粉は、花びらのように舞い上がる。流れる星のようでもあり、どこか美しささえ感じさせるそれに恐怖した。男が剣を構え、燃え上がる屋敷を睨んでいるのが分かった。彼もまた、この炎を憎んでいるのだろう。
ならばどうして、目を背けない。
眦から涙が滑り落ちていく。熱い雫が、男の指先を濡らした。
熱風に煽られて髪が躍る。その髪に口づけるような近さで、男は再び囁いた。
「生きろ」
そう囁く男の外套は、夜を喰らう炎と同じ深紅の色だった。
(mogusuさんに最大級の感謝を!)
(2014.0921)