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 そのまま射殺されるのではないかと思うほどきつく睨みつけられたあと、一瞬で呼吸が詰まった。
 今度は痛みなどない。痛みはないが、ただ、息苦しかった。肺が圧迫される。骨が軋む。潰されそうなほど強い力に、このまま一生呼吸が止まるかと思った。

「“必ず生きて帰ること”だ、馬鹿たれ」

 きつく掻き抱かれ、耳元でヒュウガが零した安堵の息を聞いたナガトは、なんとも言えない気持ちになって目を泳がせた。
 誰もが自分達を見ていて、案の定、意地悪な上官二人はにやにやと笑みを浮かべている。まるで迷子の末に見つかった小さな子どもにでもなったかのようで、少し気恥ずかしい。それを訴えるようにヒュウガの背を叩いてみたが、彼はびくともしなかった。
 普段なら、同性にこんな風に抱き締められるだなんて絶対にごめんだった。たとえ上官だろうとなにがなんでも振りほどいて、ああ気持ち悪いと声高に主張していたに違いない。だが、この逞しい腕を振りほどける気も、そうする気も起きなかった。
 厳しさの中に確かな安堵を滲ませていることが、腕の強さを通してひしひしと伝わってくる。

「……ヒュウガ艦長、あの、……申し訳ありませんでした」
「始末書で済むと思うなよ、クソガキ」

 ――必ず生きて帰る。
 ああ、そうだ。その通りだ。ヒュウガ隊に配属されたとき、確かにそう教えられた。どんな些細な任務に就くときも、ヒュウガは毎度「必ず戻れ」と言っていた。それを内心、なにを大げさなと笑ったことがなかったとは言わない。そんな自分を思い出し、言葉にしがたい羞恥心に襲われた。
 兵士をただの駒と見る軍人は少なくない。使う側も使われる側も、どちらもただの消耗品だと認識して動いていることも、この世界では多々あることだ。だが、彼は違った。ナガトを導く上官は、部下のことを道具とは見ていなかった。
 それからたっぷりナガトを抱き締めたヒュウガは、離れ際に軽く頭を平手で打っていった。軽くといっても鍛え抜かれた軍人の“軽く”だ。脳が僅かに揺れるほどの衝撃はある。
 スズヤやソウヤ、奏の顔は気恥ずかしくて見ることができず、軽く唇を噛んで俯くはめになった。しかし、いつまでもそうはしていられない。促されるまま椅子に腰を下ろしたところで、自分のことばかりに囚われていた頭が瞬時に切り替わる。
 ふかふかと異様に座り心地のいいこの椅子に座ることができる理由は、一体なんだというのだろう。

「あのっ、艦長! この艦ってなんなんですか? それに、向こうでなにが起きてるんですか!? 今まで連絡がつかなかったのだって、なにかあるからですよね。こんな、急に感染拡大して、一体なにが……、それにアカギ達がっ!」
「落ち着け、ナガト。順番に説明してやるから。――ソウヤ、任せた」
「俺ですか? 普通、直属の部下にさせませんか、こういう説明」
「お前の方がスズヤより詳しいだろーが。それに、クソガキ様はお前が来た理由も知りたいんだろうよ」

 その通りだった。ヒュウガ隊の人間だけならばいざ知らず、イセ隊の主力であるソウヤがたった一人ここに混ざっていることは、奇妙以外の何物でもない。考えれば考えるほど分からなくなりそうなので、ソウヤ本人の口から説明してもらえるのならこれ以上ありがたいことはない。
 青い瞳がナガトを捉える。飛行樹で雲の上まで上がらないと見られない、特別な青だ。彼は深く椅子に座り直してから胸元を探るような素振りを見せたが、結局なにも取り出さなかった。煙草を吸おうとしたようだが、艦内が禁煙であることを思い出したのだろう。
 急に大勢の見知らぬ人間に囲まれて緊張している様子の奏に、ナガトは無意識に手を伸ばしていた。机の下でそっと手を握る。小さな手は最初こそ逃げようとしたものの、すぐに大人しくなって指先だけを握り返してきた。そのいじましさにたまらなくなる。それを知ってか知らずか、絶妙なタイミングでソウヤが溜息を吐いた。

「とりあえず、お前らが一番知りたいだろうことから教えてやる。アカギのことなら心配すんな。あいつらのとこには、今頃応援が向かってる」

 「そうですか」ともすれば感情の宿らないような声が出た。そうすることしかできなかったのだと、上官達は分かってくれたらしい。

「そもそもお前らを助けられたのはアカギのおかげだ、感謝しとけよ。あいつからのコールで場所が分かったんだからな」
「え? でも、端末は全部繋がらなくなってましたよね?」


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