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白き欠片を焼き尽くせ *20



 揺れる、揺れる、白い欠片。
 ゆらゆら、揺れる、緑のゆりかご。
 ――ゆらり揺られて眠るのは、一体だあれ?


 独特の空気が辺りを満たしている。
 ソウヤ達に案内されて初めて足を踏み入れた王族専用艦の内部は、日頃自分達が乗っている空渡艦とは雰囲気が大きく異なっていた。見たところ必要な設備、計器類は大差ないが、なんといっても空間が広く感じる。本来擦れ違うのもやっとのはずの通路は、この艦の中ではゆったりと余裕をもって通行できた。床には足音を吸収する絨毯が敷かれ、狭い空間独特の息苦しさを感じさせない。
 王族専用艦というだけあって、居住スペース以外にも細かな気配りがなされているらしい。たとえこの空渡艦に王族が乗り込んだとしても、こんなところには足を運ばないだろうに。
 僅かな光の反射が目を刺した。照明を弾く金の表示板が提げられているのは、馴染みの部屋より随分と快適そうなブリーフィングルームだ。そこまで案内されたところで、ナガトは懐かしい声を聞いた。
 檄を飛ばしている少し枯れた声が、部屋の中から外まで轟いている。腹の底までずしんと響く怒声に、今まで何度となくどやされた。懐かしいといっても、ほんの数ヶ月聞いていなかっただけの声だ。それなのに、あの声はこうも深く身に染み入ってくる。
 部屋の前で中途半端に足を止めたナガトを訝って、奏が心配そうに見上げてきた。艦に入ると同時に降ろせとごねられたので仕方なく抱いて進むことは諦めたが、それでも手は握ったまま離していない。ここで離せば、彼女は糸の切れた風船のように、ふらふらとどこかへ行ってしまう気がしたからだ。
 口にすれば、「なに言ってんの?」と呆れられたに違いない。分かっているのにそんな風に思ってしまうのは、いつの間にか胸に巣食っていた思いがもたらす不安の表れだった。
 立ち止まったままぴくりともしないナガトの背を、ソウヤが軽く叩く。言葉なく早く行けと促され、ナガトは意を決して自分の手で扉を開けた。

「いいか、なんとしてでも座標を特定しろ! 敵さんはこれからわんさか湧いてくる、休んでる暇はねぇぞ! 勝手が違うからってしくじったらタダじゃおかねぇからな!」

 吠える姿に、不覚にも目の奥が熱くなった。
 もう二度と会えないのではないかと、そんなことすら考えていたから余計にだ。尊敬する上官であり、どこか父のような存在のヒュウガの姿に、自然と背筋が伸びる。
 厳しい視線がこちらに流れ、そしてほんの一瞬だけ丸くなったのを、ナガトは見逃さなかった。

「艦長、」
「こんっの、クソガキがぁっ!!」
「ぅぐっ!」
「ナガト! 大丈夫!?」

 ――お久しぶりです。
 そう声をかけようと思ったのに、気がつけばナガトは腹に強い衝撃を受けて床を転がっていた。一瞬にして目の前が真っ暗になり、声を奪われる。
 つかつかと歩み寄ってきたヒュウガの逞しい拳を腹に受けたのだと自覚したのは、凄まじい痛みが腹部から背中に突き抜けたときだ。嘘のように呼吸が止まり、込み上げてくる吐き気をなんとか抑え込む。椅子にしたたかにぶつけた頭までもが、ずきずきと大いに痛んでいた。それどころか、視界が盛大に揺れている。
 直前で繋いだ手を離しておいてよかった。もしもあのままでいたら、奏まで一緒に倒れ込んでいたかもしれない。体勢次第ではそれも美味しかったかもしれないが、と各方面から殴られそうなことを考えて、ナガトは激痛を誤魔化した。
 顔色を変えた奏が駆け寄りそうになるのを、スズヤが笑って制している。分かってはいたが、この状況で笑えるとは酷い上官だ。
 しんと静まり返ったブリーフィングルームの中で、ヒュウガの足音だけがやたらと大きく聞こえた。
 ――大きいなぁ。
 床に座り込んだまま見上げたヒュウガの姿は、塔のようにそびえ立っている。ナガトからすれば遥か高みから、これでもかと鋭く尖った視線が降ってきた。力なく伸びた両足を跨ぎ、覆い被さるように身を屈めたヒュウガは、ぐっときつくナガトの胸倉を掴み上げた。
 無理やり持ち上げられて上体が僅かに浮くと同時、首が締まって息苦しい。喘ぐような呼吸に交えて苦しさを訴えたが、手は微塵も緩まなかった。

「よう。久しぶりだな、クソガキ。――特殊飛行部の人間にとって、最も大切なことはなんだ」
「え、ええと……、確かな技術と、冷静な判断力、ですか……?」

 急になんだ。足りないものを指摘されているのか。
 鬼のようないかつい顔が鼻先まで迫る。今のナガトには、たとえ逆立ちしたって真似できない迫力だ。刻まれた皺の一つ一つに、彼の生きた証がある。今のままでは届くわけがない。


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