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 ビリジアンは英雄の国だ。
 それは子どもでも知っている。おとぎ話として、伝説として、今の世にも語り継がれているからだ。そして、これからもそうなのだろう。白の植物がこの世に蔓延る限りは。
 一人の青年が、世界を救った。白に呑まれたこの世界に、緑を取り戻した。彼はその名の通り、核(コア)となった。白の植物が持っている核とは違う。緑の核だ。希望の核だ。
 英雄は唯一、白の植物に耐性を持っていた。だから、選ばれた。今ほど科学の発展していない、遥か昔の話だ。あれが現代であれば、もう少し違う道があったのだろう。そう考えたところで、歴史に「もしも」はありえない。
 英雄は、王族の生みだした緑のゆりかごに揺られて眠っている。
 ――すべての白の災厄を、その身に宿して。
 彼は白の植物に対する耐性があった。だから、いくつもの核をその身に受け入れ、集まる白の植物を一身に宿したのだ。そうして、世界から感染の恐怖が去った。
 詳しいことは分からない。けれど、そう伝えられている。
 一般には綺麗なおとぎ話として伝わっているけれど、作戦名「緑のゆりかご計画」と名付けられたそれは、一人の人間を人柱にして白の侵蝕を遅らせるというものだった。
 しかし今の世で同じことをすれば、古の欠片はまた嘆く。

「緑のゆりかごなんて、許されるものじゃない! あれだって一時的なものだった、結局今はなにも変わってない! むしろ、白の植物による被害はどんどん拡大してきています! 英雄だなんだって祀り上げてるけど、あんなの実際はただの人身御供じゃない! それをまた繰り返すの!? 今度はあの二人で!」
「マーミーヤーくーん、あんまり一人で熱くなるのはどうかと思いますよ? 急にやってきてなにを言うかと思えば、そんなこと。遥か昔の出来事と、おんなじことを繰り返すわけがないじゃないですか」
「だったらなんで、あの二人を助けに行かないんですかっ!」
「物事には常に犠牲が付きものだろう。若いお嬢さんには分からんかね」

 緑花院に籍を置く高官が、マミヤを見て鼻で笑った。それを受けて嘲笑が連鎖していく。

「三階級は特進だ。彼らもまた英雄となる。喜ばしいことだろう」

 計画を肯定するかのような発言に、ムサシが小さく息を吐く。それでも、ムサシは口元に浮かべた笑みを絶やさない。屈託のない笑みを向けながら、これ以上の侵入を許さないと言わんばかりだった。

「なにが……、なにが変わるっていうんですか……? 同じことの繰り返しじゃないですかっ!」
「違う。緑が戻るだろう。それこそ、君達王族が望んだようになぁ」

 マミヤに流れる血を嗤う声が、絶えない。
 そうだ、王族は常に緑が戻ることを望んでいる。この身を犠牲にしなくともこの世に緑が溢れることを、常に望んでいる。特権階級なのだからそれくらい享受しろとの声が溢れる中で、それでも、ただ普通に生きて死ぬことを望んでいる。
 それすら傲慢だと糾弾されるのだろうか。かつての王族の過ちは雪ぎきれぬ業となり、今もなお、血によってマミヤ達を苦しめる。
 誰が望んだ。一体、誰が。
 目を瞠る美貌などいらない。病気知らずの身体も、名誉ある肩書きも、輝かしい紋章もいらない。あの印は家畜の称号だ。焼印と同じだ。国という巨大な鳥籠の中で誕生し、生き、死んでいく。
 分かるか。他の多くの、“ただの人”に、分かるのか。この肉体に宿った遺伝子は言葉通り“設計図”だという感覚が、理解できるとでもいうのか。できるはずがない。だからこそ、王族は求められ、責められる。
 人の手によって引かれた設計図通りに造られ、生まれた。もう誰も手を加えていないはずなのに、古の図面は未だに受け継がれている。
 マミヤが与えられたのは、生まれたその瞬間から鎖で繋がれた命だ。
 他の人と同じように、ただ普通に生きて死にたいと望んでなにが悪い。
 望みは、ただそれだけだ。けれど、それが叶わないことも知っている。誰に言われずとも、もう十分に理解している。ひどく苦いものを噛み砕き、咀嚼し、腹の中に受け入れた。
 だからこそ、耐えられない。
 緑を守るための、戦うための翼を折ることだけは、絶対に。

「こんなことを許していいんですか!? 答えてください、ヤマト総司令!」

 泣き叫ぶように吠えたその声に、ヤマトがゆっくりと瞬いた。綺麗な瞳だと思う。不純物を取り除いた、濁りのない闇の色。吸い込まれそうなほどに美しいそれが、ひたりとマミヤに据えられる。
 テールベルト空軍の頂点に立つ彼は、表情一つ変えなかった。まるで人形のようだ。そのくせ確かに生きた人間なのだから、どこか怖い。そう思ってすぐに、生きた人形は自分達(王族)の方かと自嘲する。


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