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*第5話


 光が溢れる。
 氾濫したまばゆい光の渦が、影を生む。
 美しい場所に潜む影を捉えよ。
 目を背けるな。
 紅の闇に呑まれても。藍の空に怯えても。
 光は常に、影と共にあるのだから。



光濫と影



 肌触りのよい絹の敷布に肘をつき、シエラは上体を起こした。漏れ込んでくる朝日に目を細め、のそのそと寝台から降りて水を飲もうとグラスに手を伸ばす。出てきた欠伸を噛み殺し、水を注いだグラスを片手に窓辺に腰掛けた。
 冷えた鍵に手を掛ければ、指先から徐々に熱を奪われる。そっと開け放すと、生まれたての清涼な風が室内に滑り込んできた。
 軽やかな鳥のさえずりを聞きながら、シエラはただぼんやりと外を眺める。
 遠くに見える山はなんという山だろうか。この部屋からは城下は見えず、城の美しい庭がどこまでも広がっている。
 丸い屋根の建物は温室なのだと、昨日ライナが言っていた。その反対側にある庭園では、この城でしか栽培していない珍しい花が植えられているらしい。
 誰かに見に行こうと誘われた気がしないでもないが、一体誰に誘われていたのか思い出せなかった。
 流し込んだ水が喉を落ちていく。朝の景色は昼に比べて色彩が淡いような気がした。大抵シエラは昼近くまで眠っているため、あまり早朝の景色を見ることがない。
 そのせいか、こうして朝早くに目覚めたときにはその違いがよく分かるのだ。リーディング村では、近くの森が白い霧で包まれていて、濃い緑が優しい色に変わっていた。

 王都に来ても自然をたくさん見れると思っていなかったシエラにしてみれば、この窓から見る光景はどこか懐かしさを感じさせる。とはいっても、リーディング村を離れてまだ半年も経っていないのだが。
 そんな淡く優しい色彩の中に、唐突に線が引かれた。線と思ったのは羽ばたく鳥の軌跡だ。
 まだ青に染まっていない空の中を、漆黒の小鳥が飛んでいる。大きさから見て、カラスではないようだ。小鳥は他の鳥達に構う様子もなく、山の方へと消えていった。
 無意識にその姿を目で追っていたシエラの意識を、扉を叩く音が現実に引き戻す。

 そして彼女は、今日という一日を始めるのだ。



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