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「オレらをなぶり殺しにするつもりか? 姫神っつーのはえげつねぇことを考えやがる。だが、そう上手くはいくかなぁ?」
「シエラ、この魔気の強さ……」
「――ああ。おそらく、魔魂持ちだ」
「やはりそうでしたか。大仕事になりそうですね」

 高位の魔物は、その体内に真名を刻んだ珠を持つ。彼らの回復力は凄まじいが、この魔魂さえ砕いてしまえば浄化は容易かった。ホーリーで対峙したヒューがそうだった。少年の見た目をしていたが、強力な幻術を操る魔物だった。彼の身体から零れ落ちてきた美しい珠を手にした瞬間、シエラは自身の中に音が生まれるのを自覚したのだ。
 真名ヒューノイル。浮かんだ言葉をそのまま口にしただけで、あれほど苦戦を強いられていた戦いが呆気ないほどに片付いた。
 だとすれば、タドミール相手でも同じことだ。魔魂を奪い、真名を呼んで浄化してみせる。そう決意したのはいいものの、オークの皮膚は分厚い牛皮を何枚も重ねたように厚く、身体のどこに埋められたか分からない魔魂を取り出すのはなかなか骨が折れそうだった。
 神聖結界の淵を背にし、囲まれないように気をつけながら思考を巡らせる。

「まずは周りを片付けましょう。数を減らさないとこちらが不利です」
「同感だ。私とジアで蹴散らす。ライナは引き続き結界を、」
「作戦会議は終わったかぁ?」
「ッ、――<金剛壁(ダイヤモンド・シェル)!>」

 タドミールの哄笑が響くなり、シエラ達めがけて数多の武器が降りそそぐ。槍、弓矢、石鎚、斧。その多くはバスィールの氷のブレスが弾き落としたものの、取りこぼされたものもいくつもあった。物理攻撃用の結界を詠唱を省略して瞬時に築き上げたライナのおかげで、なんとか一撃は回避することができた。
 だが、絶え間なく与えられる攻撃が金剛壁を容赦なく傷つけていく。ひび割れる音が聞こえた。見えない壁が徐々に崩れていくのを感じ、そして――。

「伏せて!」

 澄んだ音を立てて金剛壁が砕かれると同時、タドミールが投じた巨大な斧がシエラの頭上を通過した。回転をかけながら投げられたそれは風を切りながらタドミールの手元へと戻る。
 ねっとりと絡みつくような嫌な笑みを浮かべて、オーク達は嗤った。
 タドミールが再び大斧を振り上げたそのとき、シエラ達はもちろん、オーク達でさえ動きを止めるほどの轟音が上空に鳴り響いた。
 黒く輝く雷が空を走り、一頭の竜が哀れにもその餌食となった。黒雷に貫かれた竜が太く鳴き、焼け焦げた翼から煙を上げながら墜ちていく。直後、ドォンという地鳴りと共に大地が揺れた。
 邪竜によって次々と竜が墜ちる。それでも竜は飛び続けた。
 シエラはそこに、一際大きな竜の姿を見た。遠目にも分かる。あれはノルガドだ。

「ハッ、竜王がやられるのもじきだな。あれも堕としてやりゃあ、お前らの国なんざあっという間に瓦礫の山だろうよ」

 雷撃が美しい翼を貫き、邪竜の鋭い爪がノルガドの透き通る鱗を剥いでいく。
 ノルガドの喉元に邪竜の牙が突き立てられたそのとき、シエラは咄嗟に彼の名を呼んでいた。竜の血が空を舞う。あまりに悲惨なその光景に、心臓が凍るような寒気がした。
 ――駄目だ。
 この地で、この場所で、竜が堕ちることなど許されない。
 ここは約束の地。はじまりの地。
 かつての私が、愛しい友らに想いを託した場所。

「こっちもカタつけようじゃねぇか、姫神よぉ。――あ?」
「あれは……!?」

 絶望の空に軌跡が走る。
 薄青の光。氷の軌跡。水晶がぶつかり、風が音を立てる。
 片方は竜だった。鱗の色は、淡い紫から濃い紫へ移り変わるグラデーションだ。紫水晶の塊のようなものが尾の先に揺れ、まばゆい輝きを放っている。
 もう片方は狼だった。バスィールと同じ銀の被毛、足の先には氷を纏う。
 それはあまりに美しく、幻想的な光景だった。

 竜が舞い、氷狼が駆ける。
 どくん。
 胸が呼応するように高鳴り、蒼い髪が風に煽られて広がった。この世にただ一つの黄金の双眸が彼らを切り取り、喜びに震える心は自然と微笑みを生み出した。


「――ただいま、私のかわいい子ども達」


 その声は、誰の声か。



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(2016.07.29)




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