25 [ 449/682 ]


 紫水晶の瞳が冷ややかにラヴァリルを射抜き、それだけを言い置いて踵を返す。冷たすぎる態度に見えるが、リヴァース学園ではすでに日常茶飯事となっている光景だ。今さら誰も驚かない。
 一人頬を染めて身を捩っていたラヴァリルにとっても、リースのこの態度は慣れたものだった。むしろ笑顔で話しかけられた方が「熱でもあるの!?」と顔面蒼白になっていただろう。特に気を落とした様子もなく、彼女は肩を竦めて残っていたグラスの水を呷った。

「はぁーい、今いっきまーす! じゃあみんな、またね! あ、ミューラ、あとで前に言ってた化粧水貸してね!」

 ブーツの踵を鳴らしてリースの背中を追いかけるラヴァリルを見送った一同は、相変わらずの猪突猛進具合に呆れたように笑みを零していた。まるで嵐か、暴走した馬車のようだ。凄まじい勢いで駆け廻り、あっという間に消えていく。
 そんな彼女の親友達は、互いに顔を見合わせて二人同時に溜息を吐いた。

「アイツ、大丈夫かねぇ……」
「さすがに過労死しないか心配だわ」


 もう何度も足を運んだ理事長室は、学園内で最も絢爛な部屋だった。大理石の床、黄金の額縁、磨き上げられた鏡と窓。ささくれ一つないなめし皮のような艶を帯びた机に、身体が呑まれそうなほど柔らかい椅子。
 ここはリヴァース学園の玉座の間だ。学園の王はラヴァリルとリースを見据えて満足げに微笑んでいる。
 姿勢を正すリースとは反して、ラヴァリルは大きな欠伸を一つ零して伸びをするほどのだらしなさを見せた。だが、それを咎められることはない。真横から射るような視線が降ってきたが、ラヴァリルにとっては心地よい刺激でしかなかった。

「ハーネット。お前はよく働いてくれた。これでアスラナ城は丸裸も同然よ。あとはお前達が神の後継者を誑し込んでくれれば、言うことはない」
「魔導師側に引き込むってコトですか? でも、今聖職者側にとって魔導師の印象ってあんまりよくないんじゃないの? そんな中で、あっちがシエラを手放してくれるとは思えないんですけど……」
「だからこそだ。あの娘が自らこちらへやって来たとしても、聖職者側は“盗まれた”と騒ぎ立てるであろう。すぐにでも兵が動くやもしれん。そうなれば好機。町を見てみろ、ハーネット。民にとって、魔物を狩ってくれるのならそれが魔導師だろうが聖職者だろうが、どちらでも構わぬ。ここで王国軍が我ら魔導師を罰し、魔物の狩り手を減らそうものなら、人々の口が最上の武器となろうよ」

 何万もの民の口は、時に一人の王をも滅ぼす。
 国民なくして国は成り立たない。魔導師に対する国民の好感が高まっている今、あちら側は後手後手に回らざるを得ないのだ。兵を出さねば官僚らに責められ、兵を出せば国民に責められる。どちらにせよ、アスラナ王を頂点とする聖職者へ与える傷は深い。
 ロータルは机の上に広げたアスラナ城の見取り図を女の柔肌でも撫でるようになぞり、薄い唇をしならせた。

「大国アスラナの舵は誰が取る? うん? 陛下はまだお若い。少々荷が重すぎるだろうて。なあ? なればこそ、年長者が導いて差し上げるのが親切というものだ」

 ラヴァリルもリースも応えなかった。それがロータルの独り言だと理解しているからだ。
 
「ハーネット、シャイリー。お前達の優秀さは十分に知っている。神の後継者と年も近く、友人となるにはぴったりだろう。――さあ、神の後継者に“ご協力”をお願いしろ。どんな手段を用いても構わん。邪魔立てするようであれば、たとえ国王陛下であろうと丁重にお引き取り願え」

 ラヴァリルはちらりとリースを伺い見た。彼はロータルに拾われた身だ。他の誰よりも深く忠誠を誓っていることは知っているが、この命令にはどんな反応を示すのか興味があった。
 腰を折ったリースが、眼鏡の奥で目を細める。そこから盗み取れる感情はほとんどなく、ラヴァリルには判断がつかなかった。
 この一年あまり、友人として過ごしてきた彼らの姿を思い描く。
 蒼い髪が美しい彼女は、そっけなく見えて情に厚い。つんと澄ました猫のようでいて、気がつけば傍で微睡んでいる。好きか嫌いかと訊かれれば、好きだと答える。
 だが、これは任務だ。
 遂行できなければ、ラヴァリル・ハーネットにはここに存在する価値がない。

「はーい、りょーかいでっす!」

 この手で放つ銀の弾丸が、青年王の胸を貫くことになろうとも。


+ + +



 真冬のクラウディオ平原には、冷たい風が吹いている。
 それでも草原は青々として冬枯れの芝などなく、ちらつく雪と寒さが嘘のような光景だった。豪奢な馬車の中は比較的暖かいが、ガタガタと揺れる以上、快適とは言い難い。
 シエラの向かいでは、ライナが真剣な顔つきで聖水瓶などを整理していた。隣では、ルチアが窓から顔を突き出して外の風景を眺めている。

 並走する馬は四頭。馬車の御者台に座って手綱を握るのはサイラスだ。腰には剣を佩き、背には弓を背負って馬を操っている。馬車の真横にはエルクディアがぴたりとついており、もう反対側にはバスィールが手綱を握っていた。そして、馬車の前後には聖職者であるヴィシャム・ドナートとフォルクハルト・カペルという二人の男がついている。
 今までにない大所帯に、シエラはテュールを抱きながら嘆息した。ユーリや高官達はこれでも少ないと難色を示したそうだが、あまり人数を増やしてもかえって気配を悟りにくいという理由から必要最低限の人間で固められた。



[*prev] [next#]
しおりを挟む


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -