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「確かに危険性は高い。でも、いくらなんでもシエラを――神の後継者だと分かって、魔導師が狙うことはないだろう。そんなことをすれば、即座に王軍が動くぞ」
「ではなぜ、リース・シャイリーとラヴァリル・ハーネットは消えたのかな。彼らはなにを目的にここにやって来た? 他でもない、そこの姫君だ」

 青海色の瞳が冷え切っている。こんな様子のユーリを見るのは初めてだった。一切の感情を殺した上で、無理やり喜怒哀楽を貼りつけているような不自然さがある。
 窓の外には夜の帳が降り、室内には燭台の光が揺れていた。香油の混じった蝋が溶け、甘い香りをかすかに解き放つ。その小さな炎を見つめながら、ユーリは妖艶なまでの笑みを浮かべた。

「神の後継者という存在は、チェスのキングよりもずっと特別な存在だ。むざむざ敵の手に渡すわけにはいかない。聖職者のためだけでなく、この世のためにも失うわけにはいかない」

 ひやりとした。
 ユーリは今、はっきりと魔導師を敵だと言った。それと同じ口が、シエラを道具だと、手駒だと言った。
 いつも砂糖を煮詰めたような台詞ばかり吐いていると思っていたわけではない。国王という立場にいる以上、厳しい発言があることも痛いほどに理解していた。だがそれは、それが最善だと思われる場面でのことだ。
 こんな風に、ともすれば八つ当たりに聞こえかねない台詞は聞いたことがない。

「……ユーリ。お前、どうした。なにがあった? 少しおかしいぞ」
「おや、そうかい? 私は事実を述べているつもりだけれどね。キミの大事な蒼の姫君を危険から遠ざけるためには、しばらく城にいてもらうのが一番なんだよ。祓魔の練習ならここでもできる。わざわざ危険な外へ出る必要はない」

 拳をきつく握ったシエラがユーリを睨む。

「お前はさっき、魔導師に取って代わられるわけにはいかないと言ったな。聖職者の派遣数を増やすと。――なら、そういうときに最も効果的なのがこの私ではないのか。キングよりもよほど重要な手駒なら、盤の上に置いてあるだけで目立つだろう」
「嬉しいね。危険を顧みず利用されてくれると?」
「最初から危険だらけの場に引きずり込んだのはお前達だ。それに、被害は聖職者だけじゃないんだろう。民間人も巻き込まれて怪我をしたと聞いている。クレシャナの連れだってそうなんだろう?」
「――あの娘に会ったのかい?」

 ほんの一瞬目を丸くさせたユーリは、すぐに表情を消した。
 エルクディアには「クレシャナ」が誰か分からない。視線で問うと、シエラが知り合ったばかりの少女について聞かせてくれた。どうやら彼女は、この城に滞在することになったらしい。

「俺も人のことを言えた義理じゃないが、お前達は少しシエラを振り回しすぎじゃないか? 隠したり放り出したり、それじゃなにをしたいのかさっぱりだ。対人戦なら俺がいるし、さほど問題はないと思うんだけどな」
「それでもしばらく大人しくしていてほしいと言ったら?」
「ユーリ……」
「もういい、話になるか! お前の考えはよく分かった。確かに私は道具かもしれない。だがな、これだけは言っておく」

 低く唸るような声は、いつものシエラのそれとは違って聞こえる。エルクディアはなぜか、ホーリーで相対した海神の声を聴いたような気がした。波音が響く。それに伴い、大地を穿つような雷鳴が。星が流れるほどに空は晴れ、雲一つ流れていないというのに。
 金の瞳が光る。シエラは己の胸に手のひらを当て、美しい薔薇色の唇から怒りを吐いた。

「私は、お前にだけはおとなしく使われてやる気はない!」

 エルクディアを乱暴に押しのけ、シエラは大股で部屋を出ていった。蒼い髪が逆立っていないことが不思議なほど怒りを露わにした彼女を追いかけるべきか、それともこうなった理由をユーリに問うべきか。思案したのはほんの一瞬だ。疲れた様子のユーリと目が合うなり、彼は苦笑交じりに視線を扉へ投げた。
 それだけで十分だった。どうやら自分は、激怒したシエラの回収役に呼ばれたらしい。ならばすぐに追いかけようと踵を返したその背に、静かに声がかけられる。

「……エルク。十三隊の準備は」
「出来てる。王命さえ下れば、すぐにでも動かせる」
「出たくはないかい?」
「答えにくい質問するな、馬鹿」

 王都騎士団を統べる存在になったとき、この国とともにあることを剣に誓った。
 アスラナの頂点に君臨する青年王が命じるなら、自分は躊躇いなく剣を取り、大地を駆けるだろう。全身を鮮血に染めても、足元に無数の屍が転がろうとも、――そのせいであの子が悲しもうとも。
 総隊長としては、揺るがない。

 戦場において黄金の竜と呼ばれた青年は、足早にシエラを追いかけた。


+ + +



「たーいちょっ、って……、あれ。たいちょのトコにもお客さん来てましたか」
「あ? どうした、サイラス」

 十番隊アスクレピオスの隊長であるフェリクスを探し当てたサイラスは、騎士館の談話室で昼間から酒を飲む男達――さすがにフェリクスの方はコーヒーのようだが――に頭を掻いた。ウニの棘のように尖らせた紫色の髪が、お世辞にもピカピカとは言えない窓ガラスにぼんやりと映っている。
 談話室と言えども、十番隊に宛がわれたこの場所は昼間はそうひと気がない。全隊共有の広間ならまだしも、十番隊用とあっては閑古鳥が鳴くのが常だ。
 夜になればそれこそ飲めや歌えやの大騒ぎになるが、昼間なにもないときは自室で休むか、外に出ている隊員が多い。そもそも、昼時の自由時間などあまりないのが実情だ。
 何度も酒を零して汚れた寝椅子(ソファ)に座る男は、数日前からアスラナ城で寝起きしている天文学者だった。ぼさぼさの茶髪に無精ひげを生やした出で立ちは、天文学者というよりも場末の酒場か鍛冶屋の主人だと名乗る方がよほど似合っているが、リシャールという洒落た名前の中年男はフェリクスの古くからの友人らしい。


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