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 ユーリが逃亡した魔導師二人のことを訊ねても、飄々とした口ぶりでこんなことを言ってのける。つい先日、オリヴィエを相手に知らぬ存ぜぬを突き通したにもかかわらず、彼は表面上は沈痛そうな面持ちで首を振った。

「私からもきつく言って聞かせましょう。罰を与えねばなりますまい。しかしながら陛下、国家として彼らを罰することにつきましては、なにとぞご慈悲を賜りたく存じます。神に愛されたお力をお持ちの寛大なる陛下におかれましては、なにとぞ……」

 よく回る口だ。
 傍らに控えていたオリヴィエは、言葉にしがたい不快感を覚えて眉をひそめた。
 「ラヴァリル・ハーネットが城の内部資料を盗んだのでは」と問えば、ロータルは「それではすぐにお調べいたしましょう」と平然と言う。詰問の一歩手前の強さで「魔導師側の反逆ではないか」と疑念を突きつければ、「滅相もございません」と小さくなって低頭する。
 食えない男だということは明らかだ。息子同然の年頃の国王に頭を下げ、最上の礼を尽くしつつも瞳の奥は微塵も笑っていない。そこには恐れすらなく、感じられるのは冷ややかな熱だけだった。

「――では、話を変えようか。この頃、貴公ら魔導師は随分と活躍してくれているらしいね」
「はい、陛下。ようやっと優秀な人材が育ってまいりました。いや、しかし、聖職者様には敵いますまいが」
「その聖職者に対する妨害行為が多々見受けられると、私のもとには数多くの訴えが届いているのだけれど、その点に関してはどうお思いだろうか」
「なんと……、陛下、それはきっと、――ああ、このような物言いは不躾かもしれませんが、それは誤解でございましょう。我ら魔導師は少しでもアスラナ国民の役に立ちたい一心で技を磨いております。聖職者様にお味方することはあっても、そのお邪魔をすることは万に一つもございますまい」
「貴公は一切関知していない、と?」

 青年王の澄んだ青海色の瞳に見下ろされても、ロータルは顔色一つ変えずに微苦笑を浮かべてみせた。

「陛下。我らは陛下の忠実なるしもべにございます。確かにこのアスラナは、他国とは違い高貴なる血族としての王家を定めておりません。なれど、我らが陛下は、誰よりも高潔で清廉なる血に選ばれたお方でございましょう。その血を前にしては、誰もが跪かずにはおれません」
「ロータル殿」
「なれど陛下の仰るとおり、“億”に一つのことがあったとしましたら――、学園の者であれば厳しい罰を与えましょう。とはいえ陛下、お恥ずかしい話、私にはそのくらいしかできないのですよ。私はあくまでリヴァース学園を導く者であり、軍を率いる長ではない。外出禁止を言い渡し、書き取りの罰則を一晩中与えることはできても、その首を刎ねることは叶わぬのです。ましてや、学園を去った者に関しましてはなおのこと。彼らは私の手から巣立っていったのですから」

 自分はあくまでも教育者であり、それ以上の責任は持たないと主張するロータルに、さしものユーリも苦い顔をした。国王の権限で学園を廃することは不可能ではないが、そんな無茶がまかり通る世の中ではない。様々なことを考慮すれば、現実的には不可能だ。
 斬り込める隙は確かにあるのに、そこを目指して剣を振り上げれば必ずや脇を刺されるのが見えている。
 罪禍の聖人の話などもってのほかだ。あれを餌にすれば、とんでもない大鮫を釣り上げて頭から食われるはめになる。
 諸刃の剣となるばかりの手札から、青年王はどれか一枚を引かねばならなかった。どれを引いてもこちらが無傷ではいられない。ならば、最も傷の浅い手札を選ぶしかないのだ。臣下はそれを静かに見守る。見定めると言った方が正しいのかもしれない。
 年若い王が本当に正しい判断を下せるのかを、冷ややかに観察しているのだ。

「――各地で、魔導師の魔術によって聖職者が傷つけられる事案が多発している。貴公の言うように、妨害の意思がなかったのだとしてもこれは問題だ。故意に聖職者を傷つけたのであれば大罪であり、また、不慮の事故といえども技量不足が否めない。数多くの魔導師を育てる貴公だからこそ、その言を持って彼らを窘めることを望みたい」
「なんと、それはおいたわしい。ええ、ええ、もちろんです、陛下。この私の言葉が必要なのでしたら、いくらでも声を張り上げましょう。お怪我をなさった方のために、お見舞いもご用意いたします」

 床に額を擦りつけんばかりに恐縮していたロータルが、その声のまま続けた。あくまでも、自分の側の非を認め、詫びる調子で、だ。

「聖職者様は神に選ばれしお方。我々のようなただの人とは異なります。我らと貴方様方の価値は、路傍の石と宝石ほどにも違いましょう。そんな方々を傷つけるとは、なんと畏れ多い……。誠に申し訳ございません」

 聖職者は特別だ。
 それは、ユーリの考えではない。この国の在り方としてそう定められている。でなければ、かの青年がこの玉座に座ることはまずありえなかった。一般人よりも聖職者を傷つける方がより重く裁かれることがアスラナの法に定められているのも、青年王が即位するよりも――むしろ、生まれるよりも遥かに前からのことだった。
 ゆえに、「聖職者を傷つけることは大罪」という一言が、アスラナ国民の中では物心つく頃から常識として違和感なく根付いている。「親殺しは大罪」と同様に。
 だが、この場では使うべき言葉ではなかった。刃を返され、そこでユーリも気がついたのだろう。ほんの一瞬、その瞳が揺れた。
 他の場でなら問題はなかった。釘を刺す上で必要な忠告だった。
 しかしロータルという男を相手にした以上、それは魔導師側に「聖職者は優遇されるべきものだ」と断言したことと同義になる。


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