8 [ 432/682 ]


「ねえ、見ました? 鮮やかな金の御髪!」
「お隣の深紫の方も素敵でしたわ。魔導師の方は皆、とても勇ましくて見惚れてしまいます」
「本当に。聖職者の皆さまは、その……、ねえ? 銀の御髪でお美しいけれど」
「ええ、ええ。そればかりですと、ねえ?」

 さも自分達は美しい小鳥の囀りだと思っていそうな風体で、ドレスを纏ったお嬢様方がカップを傾けた。
 貴族御用達の紅茶店と言えど、この店はどちらかと言えば庶民派だ。集まる客もいいとこ下流貴族の三男坊あたりで、それもただの散策のついでといったところだろう。こんな風に侍女や侍従を何人も引き連れた正真正銘のお嬢様は、今の今までただの一人も来店したことはない。――実際は、彼女達とは比べ物にならない家柄のお嬢様が常連客となっているのだが、セルラーシャがそれを知るはずもなかった。
 店を切り盛りするマーリエンは、調理場で湯を沸かしながら自分も火を噴かんばかりの不機嫌さで鼻を膨らませていた。冬だというのに、額には大量の汗を滲ませている。

「母さん、ダージリンお代わり――って、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるかい! ああもうっ、ピーチクパーチクやかましいったら! 女がかしましいのは知ってるよ、あたしだってそうさ、寄り集まれば一晩中だって喋る。けどね、“あれ”は気に入らない!」

 憤慨した様子のマーリエンを傍らに、セルラーシャは華やかな小鳥達に目をやった。

「でも、あの人達もお客さんには違いないじゃない。謝礼(チップ)だって弾んでくれるし」
「あんた、そんなもん受け取ってんのかい!?」
「だって、受け取らないと『自分が怒られるから困る』ってお付きの人が言うんだもん。それにお金には変わりないし」
「あんたって子は! このグローランスの誇りをなんだと思ってんのさ! ああもうっ、腹立たしいったらありゃしない!」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、マーリエンは紅茶の淹れ方に手を抜かない。絶妙な温度で湯を注ぎ、最高に味の深まった頃に客に出す。どれほど気に食わない客にも、それは徹底していた。

「それにしたって、なんでこんなことになったんだろ。うちっていつから“魔導師御用達”の店になったの?」
「知らないよ! そんなもん、あたしの方が聞きたいね!」

 吐き捨てるように言ったマーリエンから湯気の立つポットを受け取り、セルラーシャは再び店内へと戻った。それと同じく、燃え立つ深紅の制服と黒の制服が並んで扉を開ける。お嬢様方はそれを見て、またもや歓声を上げた。
 いつ頃からか、この店に魔導師の客が増えた。それも不思議なことに、なかなか見栄えのする容姿の者ばかりだ。最初はセルラーシャとて浮かれていたが、美貌の魔導師達を見るために貴族や裕福な家のご令嬢達がやってくるようになってくると、なんとも複雑な気持ちになった。
 なにせ、塞いでいても彼女達の声は耳に入ってくる。

「日増しに酷くなってんな」
「ルーン。……やっぱりそう思う?」

 店を手伝いに来ていた幼馴染の青年が、呆れたようにお嬢様方を眺めている。

「顔で魔物退治してるわけじゃねぇだろうに。ついこの前まで銀髪の君だのなんだのって騒いでた連中が、今は魔導師万歳だもんなぁ」
「なんか、急にだよね。……だんだん聖職者の悪口に変わってきてるし。今までも魔導師学園のお客さんはいたのに、なんでだろ」
「大方、あの噂が原因だろ。実際に聖職者よりも魔導師の方が有能かどうかは知らねぇが、暇を持て余したお嬢様方がそいつらを見に来てみりゃ美男美女揃いだっつーんだから、評価は上がるばっかだろ」

 今では王都のあちこちで似たような光景が見られるらしい。おかげで、この店には聖職者の客足が遠のいた。不躾に投げられる視線に、居心地の悪さを感じているようだ。
 常連だった可憐な神官も、ここ最近とんと姿を見ていない。

「ライナさん、大丈夫かなぁ」

 近頃、聖職者と魔導師の間でなにか大きな争いが起こるのではないかとも噂されている。そうなれば、アスラナ王は当然のごとく王都騎士団を動かすのだろう。
 セルラーシャの脳裏に、鮮やかな金髪と新緑の双眸がよみがえった。紳士的な振る舞いの竜騎士は、母の淹れた紅茶を飲んだ誰かを斬り伏せるのだろうか。そんな恐ろしい光景を思い浮かべてしまい、セルラーシャは慌てて首を振って考えを散らした。
 王都クラウディオは、アスラナにとって平和の象徴だ。この街で争いなんて起こるはずがない。

「また会いたいなぁ、騎士様」
「……まだ言ってんのか」

 うんざりした様子のルーンに溜息を零された、ちょうどその頃。
 ――リヴァース学園の校旗を掲げる馬車が、アスラナ城の大手門を目指して轍の音を響かせていた。


+ + +



「それではつまり、『二人はただ帰ってきただけ』だと仰るのかな? ロータル殿」
「その通りにございます、親愛なる国王陛下。あれは異国の地で深手を負い、重ねて非人道的な扱いを受けたと聞いております。いえ、いいえ、それがどの程度のものかは存じませぬが、少年の胸にはそう深く刻まれたのでございましょう。そうなればこそ、怯えて逃げ出す気持ちも分からぬものでもございません。無論、それが罰するにふさわしい振る舞いであることは、言うまでもございませんが」

 謁見の間で膝を折る六十代の男は、王の前に現れるとだけあって礼服に身を包んでいた。黒地のマントの胸元に、剣で二つに裂かれた薔薇の紋章が見て取れる。それはまさしく、リヴァース学園の校章であった。
 リヴァース学園の理事長であるロータル・バーナーは、アスラナ王からの至急の呼び出しにも慌てたそぶり一つ見せず城門をくぐってきた。あまりにも堂々とした風体に、伯爵家の嫡男が謁見に来たのかと皮肉を飛ばす者もいたほどだ。


[*prev] [next#]
しおりを挟む


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -