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一歩も引くことを許さず、エルクディアは半ば本気で仕留めるつもりで、上段から剣を振り下ろした。
ギィンッ、という音と一緒に肩まで響く痺れが骨を通じていく。
「……あのなァ」
歯を喰いしばって剣を押し進めていたエルクディアの目に、呆れ返ったフェリクスの顔が映り込んだ。
「勘違いすんじゃねェ、っつったろーがッ!!」
「ッ、ぐあああああっ!」
押し負けると思ったのはほんの一瞬で、気がつけば体が宙を舞っていた。
そのまま石畳から砂利道を滑り、花壇のレンガでしたたかに頭を打った。くらくらする。大剣の腹で殴られたのか、下腹部が鈍い痛みを訴えている。
犬のように荒い呼吸を繰り返していると、フェリクスが大剣を肩に担いで近づいてくるのが分かった。
まだ戦える。剣を握り、再び立ち上がろうとしたところを容赦なく蹴り上げられた。
「がはっ……!」
「……なァんで力で勝てると思った? お前、なんで自分が戦場で鎧つけねーのか、それすら忘れちまったか?」
額の端を血が伝うのが感覚で分かった。喉の奥でも鉄くさい臭いが広がっている。
ああこれ、シエラが見たら驚くよなあ。
「大体、ムカついたらすぐに斬りかかるのヤメロっつったろ。あー、今は大人しくしてんだっけか? でもなァ、俺に対してコレじゃあちィっとも変わってねーじゃねーか。イイコちゃんになったと思ってたが、ほんっとボウズのまんまだなァ」
「うるさ、い……っ!」
「でもま、キレーなその顔に傷つけてやったから満足だな。うん。腹も痣になるぞー? 背中もぜってェ痛むな、こりゃ。手とか擦り剥いてっから風呂は地獄だな! せーぜー泣かねーように気ィつけな」
「…………フェリクス」
砂が入ったのか、目が霞む。呼吸をするたびに、頭がずきずきと痛む。
「――欠点って、なんだ」
「あん? んなモン、分かってんだろーが。むしろ分かってなけりゃ引くね、俺は。――んな分かりきったコトぐだぐだ考えてる暇があったら励め。甘ったれんな。んで、しっかり自分を見極めろ」
「よいしょお」と腰を叩きながらフェリクスは立ち上がり、荒らしてしまった花壇を申し訳なさそうに一瞥してから外回廊へと戻る道に足を向けた。
エルクディアよりも広くて逞しい背中が、次第に遠ざかっていく。あんなごつい体をしていて、よくもかわいいもの好きなんて言えたものだ。そんな風に思考が及ぶのは、相当疲れているからに違いない。
「お、そーだ。ボウズ、忘れんなよォ。たかだか小娘一人のために、わざわざ俺らの長(トップ)出してんだ。今お前が守ってやってるモンはそんだけの価値があんだよ」
アスラナ王国は聖職者が治める。そしてその大国に、神の後継者が委ねられた。
それが意味することを忘れるなと、フェリクスは言う。励ましたつもりだろう。
けれど、とエルクディアは仰向けに倒れ込んだまま弱々しく口の端を持ち上げた。もう大きな背中は随分遠くに行ってしまった。だからもう、大丈夫だろう。
「……でもそれって、『たかだか小娘一人のために出せる長(トップ)』ってことだろ?」
やっぱりフェリクスは脳筋族だ。
似合わないことをするから、こうなる。