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「…………どこ、なんだろうな」

 低く、なにかを必死に押し殺した声だった。
 エルクディアは悔しそうに己の手のひらを睨み、色が変わるほど強く拳を握る。届かなかった。あともう少しだったのに。口にされない思いが聞こえたような気がして、ライナはぎゅっと目を瞑った。
 体の震えが止まらない。堅く閉ざした眦から、一筋の涙が零れ落ちる。堪えようとした嗚咽が一度抜けると、あとはもう制御など利くはずもなく泣き崩れるしかなかった。
 離してはならない手だった。なにがあっても、守らなければならない人だった。なのに、ねえ、どうして。
 シエラがいない。シルディも、リースも、テュールも。
 声を殺してほろほろと涙を零すライナを見下ろすエルクディアは、いつもはかっちりと閉まっている首元を寛げて大きく息をつき、彼女の傍らに片膝をついて顔を上げさせる。

「なんで泣くんだ、ライナ」
「だっ、て……!」
「はぐれただけだ。シエラも、王子も、必ず生きてる。絶対に、だ。向こうにはテュールと……眼鏡だってついてる。癪だけど、アイツの強さなら心配はいらない」

 かならず。ぜったいに。
 それはエルクディアがあまり使ってこなかった言葉達だ。絶対などないと、それが彼の口癖だったのに。希望など僅かなりとも見出せないこの場所で、エルクディアは真剣にそう言ってのける。
 大丈夫だから。
 その言葉の続きが紡がれることはなかったが、ライナは最後に一度だけ大きくしゃくり上げて涙を止めた。真っ赤に染まった目と鼻を見ているうちに、彼の殺気立った雰囲気も柔和になっていく。
 柔らかくなった口元がほんの少し持ち上がり、彼はライナの鼻をつまむと微苦笑を浮かべながらその額に自分の額をこつりと合わせた。
 睫に乗った涙の珠が、瞬きをするたびに弾けていく。妹にするのと同じように塩辛い瞼に唇を寄せ、彼は優しく肩を抱き寄せた。

「俺達だって助かったんだ。シエラ達だって助かってるよ。ここには人魚がいるし、どういうわけか空気がある場所だってある。案外すぐに会えるかもしれないな。だからライナ、諦めるな」

 無理をして言っていることはすぐに分かった。エルクディアの言葉はすべて願望だ。こうあればいい、こうあるべきだと自分自身に言い聞かせている言葉は、そうと分かっていてもライナの心を少しずつ落ち着かせていく。
 大丈夫だと思わなければ、自責の念に押し潰されてしまいそうだった。きっとそれは彼とて同じことだろう。
 何度も頭を撫でられて、苦味を残した不器用な微笑が口元を飾る。立ち上がるしかなかった。立って、手探りでこの遺跡を進んで、彼らを見つけるしか二人にとって安息の道はなかったのだ。




 思い出してみて、ライナは何度目か分からぬため息を吐き出した。ある種の諦念が吐息に含まれているような気もするが、それも仕方のないことだと割り切ることにした。
 あれだけ大丈夫だなんだとライナを励ましていたエルクディアは、時間が経つごとに余裕をなくしていった。焦りが彼を支配していく様を見ながら、彼女は逆に落ち着いていった。
 理由も確証もなにもないが、それでもなぜだか彼の言ったように絶対に大丈夫なのだと確信していた。シエラは生きている。シエラだけではなく、他のみんなも。
 冷静になってみると、自分達の置かれている状況がよく分かった。危険は元より承知だが、これは限度を超えている。意識を集中させて張り巡らせた神聖結界を綺麗さっぱり無効化してしまう魔物が、この遺跡のどこかにいる。それもただの無効化ではない。
 あの忌まわしい幻は、ライナの内側に滑り込まないと引き出せないものだ。
 かなりの高位――だが、その姿が見えないのはどういうことか。ライナとエルクディアがシエラから離れたこの隙に、神の後継者を亡き者にしようとする可能性もある。
 真っ先に危惧したのはそれだ。だが、ライナは慎重に呼吸を整えて首を振った。



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