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 そういえば――とシエラはライナを見やる。そういえば、彼女は確かいいところのお嬢様ではなかっただろうか。
 五等爵の頂点に位置する公爵家の娘で、家はかなりの支持を受けているらしい。身に纏う気品はそれゆえか、と納得できる位の高さだ。
 だとすれば、住まうところも身分に応じて大きくなる。ライナの実家は館というよりもむしろ立派な城で、使用人の数も多い。
 そうなると、確かにエルクディアの言うとおりライナから飛び出る「広い」には違和感を感じずにはいられなかった。

「……あ、お兄ちゃん」

 談笑を交わしていたシエラ達――と言っても、彼女はエルクディアに対して――を振り返り、ローザがなにやら思い出すように唇に指を添えて首を捻った。階段の手すりに手を置きながら、エルクディアが「どうしたんだ?」と優しい兄の顔で尋ねる。
 その表情がリーディング村のカイと重なって、シエラは胸がつきんと痛むのを感じた。

「ローザ?」
「ええと、今日お姉ちゃん達いないんだけどね、また来てくれる?」

 仕事が忙しいのは分かっている。だからこそ、ローザは兄に向かって「遊びに来てくれたの?」と尋ねたのだ。普通ならば、「帰ってきたの?」と問うところを。
 不安そうに小首を傾げた愛らしい妹に、エルクディアは破顔してくしゃりとその頭を撫でてやる。
 恥ずかしそうに片目をすがめ、見上げてくる彼女にさらに笑いかければ、つられたように彼女もふわりととろけるような笑顔を見せる。

「当然だろ? ここは俺の家なんだから。姉さん達にもそろそろ挨拶しとかないと、また怒られるからな」
「うんっ!」
「ふふ、エルクもいいお兄さんしてるんですね」
「なんだよライナ、その言い方」
「別に? 他意はありませんから、気にしないでください。ね、シエラ?」
「え? あ、ああ」

 くすくすと笑いながら急に話を振ってきたライナに、シエラは一瞬驚きつつも肯定した。正直話半分に聞いてはいたが、頷いておくのが無難かと判断したのだ。
 その判断は間違いではなかったらしく、ライナは満足そうに笑うとローザに肩をすくませ、おどけてみせた。
 途端に声を上げて笑う愛らしい少女二人を前に、エルクディアは困ったように微苦笑を浮かべ、ぽかんとその様を見つめるシエラの肩に手を置いた。ほら、と急かすように客室に促され、シエラの足がやわらかな絨毯の感触を踏みしめる。
 光が無駄なく取り込まれるその部屋は、アスラナ城に用意された部屋と比べれば小さなものだったが、シエラの実家と比べれば家が丸まる入ってしまうのではないか、と思ってしまうものだった。天井から垂れ下がったシャンデリアが陽光を乱反射させ、床に光を星のようにばら撒いている。
 純白のソファに体を沈めたシエラの耳に届いたのは、ローザの「お父さん呼んでくるね」という声だった。普段シエラ達に見せる顔とは違い、兄の表情で彼女を見送るエルクディアを見上げながら、ちょんと指先でクッションをつつく。
 どうしてなのだろうか。ただなんとなく、居心地が悪かった。
 こびり付く愛らしい声音。花のような笑顔。そしてそれに応える、優しい表情。誰にも入り込めない兄妹という絆の深さに、どことなく疎外感を感じたような気がした。

 ――お兄ちゃん! 

 声が、重なる。

 ――おねえちゃん!

 姿が、重なる。

 ――どうした、ローザ?

 夢が、よみがえる。

 ――どうしたの、シエラ?

 ああ、苦しい。
 揺れる景色は夢のようでいて、それでもこの身体は確かに今を感じている。そのことがひどくもどかしい。
 ずきんと痛みを覚えたのは、果たして頭か心かどちらだろうか。零れ落ちてきた左の一房に輝く髪留めを見て、シエラはそっと瞳を閉じた。


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