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 もう一度家を見上げて、比べ物にならないと思いつつも自分の実家を思い浮かべて息をつく。
 田舎の小さな村に存在する家とは、大違いだ。綺麗な花々が所狭しと植えられ、所々女性の心をくすぐるような小物がぽつんと置かれていたりする。
 華美なわけではなく、さりげない愛らしさが存在したこの家は、どこを見ても立派で、他に立ち並ぶ家とは少々雰囲気が違っていた。

 そういえば、とシエラは考える。
 エルクディアの出生をよく聞いたことはなかったが、彼は一応貴族の部類に入るらしい。
 確か母親の方がそうだった、という話を聞いたような気がしないでもないが、あいにく記憶には残っていなかった。
 思案に耽るシエラに気を遣ってか、それとも楽しそうにはしゃぐテュールに手一杯なのか、ライナがシエラに声をかけるということはしなかった。それはとても珍しいことで、いつもと違った彼女の様子に気づいたシエラが仰ぎ向く。
 どこか影を落とした表情でテュールを見つめる彼女を見た途端、シエラはなにかいけないようなものを見てしまったような気がして、慌てて顔を伏せた。

「…………シエラ? どうしかしました?」
「い、いや。なんでもない」
「そうですか?」

 目を見てはいけない、と唐突にシエラは思った。もしも今、ライナの目を見てしまえば、きっとなにかを引きずり出してしまう。彼女が隠そうとしているもの、隠さなければいけないものを、知ってしまう。
 だから、シエラは咄嗟に顔を背けて瞼でぎゅうと蓋をした。

 テュールが小さく鳴いて、馬小屋の方を見つめる。そしてばさりと皮膜の翼を広げると、風を捉えて滑るように空を飛んで小屋から出てきたエルクディアへ、文字通り飛び込んでいった。
 がう、と喉を鳴らしたテュールの頭を撫でながら、エルクディアが片手を上げる。それに対しライナはひらひらと手を振り返し、早くと声をかけた。
 そんな中、がちゃりという扉の開く音が彼らの耳朶を叩く。反射的に視線を滑らせれば、開いた扉の隙間から花柄のスカートの裾がちらりと見えた。
 そのまま扉は大きく開き、向こう側にいた人物が顔を出す。そしてシエラとライナの姿を見てきょとんと目を丸くさせ、のちにエルクディアの姿を確認してぱっと顔色を明るくさせた。

「――っ、お兄ちゃん! 遊びに来てくれたの?」
「ローザ、ただいま。父さんいるか?」
「うんっ! ……えっと、この人達お兄ちゃんの友達? はじめまして、妹のローザ・フェイルスです。いつも兄がお世話になっております」

 ぴょこんと頭を下げた少女、年の頃は一四、五だろう。ゆるく波打つ金髪がふわりと揺れて、エルクディアと同じ翠の瞳がぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。
 隣でライナが自己紹介をしたのを合図に、シエラも一応頭を下げた。すると、ローザが驚いたように目を瞠る。

「お兄ちゃん、もしかしてこの人神の後継者様!? わ、すっごーい! 早くお家上がってよ!」
「はいはい。たっく、お前は相変わらず騒がしいな。うるさくして悪い、二人とも。とりあえず上がってくれ」
「ああ。邪魔する」
「いらっしゃーい!」

 ローザに迎え入れられ、シエラ達は家の中に一歩踏み入れた。ふわりと漂う甘い香りに鼻を動かせば、ローザは「お母さんがお菓子焼いてるんです」と満面の笑みを浮かべて言う。
 先を歩いて案内してくれる小さな少女の後姿を眺め、シエラは隣を歩くエルクディアを見上げた。
 似ているようで似ていないなと考えて、小さく息をつく。そういえば、家族構成など聞いたこともなかった。知らないことばかりだということに改めて気がつき、どこかちくりと痛む感覚に眉根を寄せる。
 体のどこかが異変を訴えているような気がするのだが、それがどこなのか分からないのだ。むず痒いようなきゅうと痛むような、そんな感覚が波のように押しては引いてやってくる。
 ふいに、ライナが感心したように微笑を浮かべて呟いた。

「驚きました。内装はまさに貴族の屋敷ですね。ここまで空間を無駄なく使えるだなんて……」
「……そんなにすごい家なのか?」
「もちろん。外観は平民の家と大差ないのに、中に入ればまったくそれを感じさせません。天井も高いし、部屋も広く感じます。さすがベッセル家、美的感覚が優れていますね」
「ベッセル家?」
「うちの母さんの実家だよ。……それにしても、ライナに広いって言われてもなぁ」

 感心を通り越し、感動したように辺りをしきりに見渡すライナに、エルクディアが苦笑交じりに呟いた。螺旋階段を駆け上がる妹の背を追いながら、彼はかつんと靴音を鳴らす。
 ちらとシエラが視線を上げれば、天窓からさんさんと降り注ぐ光が瞳に突き刺さった。けれどそれはあくまでも優しく、きらきらと光を散らせる窓ガラスの細工にライナ同様感心を抱く。
 ところどころに飾られている剥製や絵画はどれも価値がありそうな気がして、外観の数倍は広そうなこの家が不思議に思えて仕方がなかった。

 村育ちだったシエラからしてみれば、周りの家はもっと小さかったし――それこそこの家の馬小屋をもう少し立派にしたようなものだ――、家の中に絵画が飾ってあるなどないに等しかった。
 あるとすれば教会内部にある宗教画ぐらいのもので、他の家は子供が描いた絵やら趣味で描いた絵、または町で買った安い肖像画程度のものである。



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