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 そう、シエラは誰に聞いたわけでもないのに、ライナがいる場所はこの第五図書室だと「確信」していた。
 これはどういうことだろう、とここまでやってきた張本人とエルクディアが顔を見合わせた。しかし本人に分からないことが彼に分かるはずもなく、二人一緒に唸るはめになる。
 そんな中、一人事情を解した様子のライナがころころと笑って、音を立てないよう指先だけで拍手の形を取ってみせた。

「精霊の言葉かわたしの神気、どちらかを本能的に感じ取ったんですね。最近のシエラは自分の神気を隠すことも上手になってきましたし、安心しました」
「それは先ほどユーリも言っていたな。だが、別段ライナの神気なんて感じなかったが?」
「無意識なんですよ、それが。わたし程度だと意識してやっと探れるくらいですけど、シエラや陛下ぐらいの方でしたら個人個人の神気を感じ取ることができます。それがいくら隠されたものであっても、相手がよほどの高位でない限りは」

 元々聖職者には備わった神気がある。それを統御できなければ、魔物に自分の位置を知らせてしまうばかりか周囲の人間にも危害を加える原因にもなってしまう。
 ゆえに、聖職者がまず一番最初に習得することは神気の統御だ。しかしシエラの場合、それを学ぶことはなかった。大きすぎる力を無理やり抑え込めようとするのは難しく、下手をすればその反動で想像もしないような自体が起こるかもしれないと周りが判断したからである。

 器の大きさを考えずに水を入れ続ければ溢れる。大雨が降ったあとの小川が氾濫するように、膨大な神気を押し込めることは危険だったのだ。だから、ゆっくりと時間をかける必要があった。小川が徐々に規模を増し、大雨を受け止めるだけの川幅になるまで。
 自然に身につくことを考え、あえてシエラには言っていなかったが、どうやら無事習得してくれたらしい。
 穏やかにライナは笑むと、未だ不思議そうに眉根を寄せる彼女に「おめでとうございます」と賛辞を送った。
 そして、一旦そこで話を切り上げたライナが、なにか思い出したように軽く手を合わせる。

「陛下が仰っていたんですけど、幻獣のことについてはやはり魔女に聞くべきだ――と」
「魔女か……。だが魔女がどこにいるかなんて、早々簡単に分かるものではないだろう」

 ううむ、と再び考え込んでしまったシエラをちらと見やり、エルクディアはぽりぽりと頬を掻いた。その所作に、シエラは「なんて能天気な奴なんだ」と悪態をついてくるが、いまさらその程度のことで腹を立てるエルクディアではない。
 これも精神修行――と言う名の苦労の連続――の賜物かと思うと、素直に喜べなかった。

「……一人、心当たりがあるんだけどな」
「まさかエルク、魔女に知り合いでもいるんですか?」
「俺の知り合いって言うか、父さんの知り合いって言うか――確か、ユーリとも面識あるはずだぞ」

 記憶の糸を辿るエルクディアの脳裏には、かつて自らを魔女と名乗っていた人物が浮かび上がってきた。
 確かその人物は、きゃんきゃん騒ぐ子犬のように繰り返しユーリの名を叫んでいたような気がする。
 なにしろ大分昔の話だから、鮮明には覚えていない。

 けれどそれは、十分過ぎるほどの影響をライナに与えたようだ。
 彼女はがたんと音を立てると、椅子から立ち上がってシエラの腕を取る。え、と困惑しているエルクディアに一瞥をくれた彼女は、にこりと笑って――それも、機嫌の悪いときの笑顔である――唇を開いた。

「エルク、あのふざけた陛下を張り倒したいのは山々ですが、とにかく今回はその魔女さんにお会いするのが先決です。さっさと行って、さっさと帰りましょう」


 ライナ神官、たいそうご立腹のご様子。



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