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「陛下に突然『神の後継者を支えてやってほしい』と言われたときは、本当に驚きました。嬉しい気持ちもありましたが、わたしよりももっと力の強い神官の方がいいに決まっていると憤りすら感じたものです。シエラの安全をきちんと考えてくれてはいないのかと、そんな風にも思っていましたが……」
「ユーリなりの考えがあるんだろうが、あいつは俺達にそれを言わなさすぎる。怒っていいと思うぞ」
「――それもそうですね」

 くすくすと笑うライナの横顔は穏やかで、どこか誇らしげでもあった。
 シエラも祓魔を終えて気が抜けたようで、張りつめていた表情を柔らかくしていた。――そうだ、これでいい。この二人はこうしているのが一番だ。
 ひとしきり頷いて、エルクディアは軽く首を鳴らした。自然な流れで手が腰に伸びる。そこにためらいはなかった。
 シエラ達から十分な距離を取り、――瞬時に、一閃をきらめかせた。

「ひっ!」
「――反省していないようだな。その首、斬り落としてやってもいいんだぞ?」

 ヨナタンと名乗った山賊の太い首筋に、赤い線が走る。薄皮一枚が切れた程度だ。痛みなどないにも等しい。にもかかわらず、彼の体はがくがくと小刻みに震え、情けなくその場に尻餅をついた。
 それもそうだろう。殺気も怒気も、惜しみなく向けてやった。怯えてもらわねば意味がない。震え上がる山賊達に、ライナは「呆れた」と吐き捨てるように言った。
 大方、魔物がいなくなれば自分達の優位が取り戻せるとでも考えたのだろう。このままこの場にいても、役人に引き渡され、牢屋に放り込まれてしまう。暗い未来と、聖職者――それも片方は神の後継者だ――を捕らえた際の明るい未来を天秤にかけ、こうして動いたのだろうが、愚かとしか言いようがない。
 一部の人間の間では、神の後継者の「一部」が高値で取引されると噂されているらしい。髪や、服、血、――指一本に至るまで様々だ。
 シエラを連れ去ろうとでも思ったか。それとも、ライナを人質に取るつもりだったか。エルクディアなど数の上では抑え込めるとでも思ったのか。
 まったくもって愚かしい。砂を踏む足裏に、思わず力が籠もる。首筋に突きつけた長剣を僅かに滑らせれば、ヨナタンはみっともなく悲鳴を上げた。

「皆さん、王都騎士団総隊長の名を知らないんですか?」

 ライナが呆れを滲ませた声で問う。
 山賊達が恐怖に彩られた顔を見合わせ、首を傾げた。磨き上げられた長剣は、芸術のような美しさで景色を切り取っている。冷ややかに見下ろす視線に、シエラ達に向けるようなぬくもりなど一切込めていない。ただ冷たく。ただ、険しく。
 エルクディアのその気迫に、一人がなにかを思い出したらしい。
 彼はまるで、悪魔の名でも呼ぶかのようにぽつりと零した。

「……エルクディア。エルクディアだ。――まさか、エルクって、お前がエルクディア・フェイルスなのか……!?」
「なんだ、知ってたのか」
「お、オイ、嘘だろ、まさかこんなガキが……」
「ま、まさかっ! だって騎士団の総隊長っつったら、ぜってぇバケモンみてぇな奴が、」
「ガキで悪かったな」

 空気を振動させる斬撃が、ヨナタンの横顔を掠める。声が漏れるよりも先に、彼の側頭部から髪がはらりと地面に散っていった。それを追い、後ろの仲間達がより一層縮こまる。

「エルク、首をばっさり一撃で――なんて甘いこと言わず、ここは腕から少しずつがよろしいのでは?」
「っ、ずっ、ずみばぜんっもうじばぜん! でずがらぞれだげばーーーー!」
「耳障りです、黙ってくださいね」
「おじょうざばぁあああっ! たのびばずがらぁあああ!」

 堪忍袋の緒が修復不可能なまでに切れたライナは、晴れやかな笑みでそんなことを言ってのけるのだから恐ろしい。本気ではないにしても、エルクディアを前にした山賊達には冗談には聞こえなかったのだろう。
 誰もが地面に頭を擦りつけんばかりの勢いで平身低頭し、自ら縄にかけられることを望んだ。あまりの大声に、マフスト村の住民達が一人、また一人と家から顔を出す。そんな彼らに役人への連絡と縄の用意を頼み、ライナはその機嫌の悪さを理性的に沈めていた。
 シエラはその様子を眺めながら、頭上に飛んできた時渡りの竜をそっと腕に捕まえていた。あれほど抵抗の激しかった小さな竜は、今では大人しくシエラに抱かれている。エルクディアが近づいても逃げようとはせず、むしろ上機嫌に翼を羽ばたかせていた。
 びっしりと鱗の並んだその体は頭部が白に近い緑で、尾部にかけてだんだんと緑色が濃くなっている。美しい外見もさることながらその左右異色の瞳は大きく愛らしく、愛嬌たっぷりに首を傾げるのだからたまらない。
 シエラの指先をゆるく食み、小さな竜が「うがぁ」と鳴き声を上げる。

「まったく、なにをやっているんだか……」
「う?」
「馬鹿な奴らだな、本当に。お前もそう思うだろう?」
「がーうー」

 憎まれ口を叩きながらも、シエラの表情は穏やかだ。時渡りの竜はそれを見て軽く身じろぐと、シエラの手のひらの中へ完全に体を預けた。皮膜の翼を折りたたんで邪魔にならないようにしてから、ぱしぱしと何度か瞬いてシエラを見上げる。
 尾の先にあるクラスターを淡い桃色に光らせ、竜はもう一度短く鳴いた。

「ぐぁー」



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