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「エルク、シエラは家の中ですか?」
「ああ。それよりもライナ、彼らはいったいどういう――」
「シエラ! ちょっと頼みたいことがあるんです、出てきてもらえますかー?」

 ――頼むから、話を聞いてくれ。


+ + +



 それからしばらくして、ようやっとまともに聞くことができた話によれば、彼らは道中で遭遇した山賊とのことだった。テオの言うとおり、彼らはこの山に蔓延る山賊で、山越えする者達を狙って活動していたらしい。
 ここ最近、マフスト村に聖職者が派遣されているのを見て、彼らは聖職者狩りを思いついたらしい。聖職者を闇市で売りさばけばかなりの額が手に入る。欲に目がくらんだ彼らは、獲物を今か今かと待ち構えていた。
 新しい馬の蹄の痕を見て、彼らはどれほど歓喜したのだろう。今まで派遣されていた聖職者は皆男性ばかりで、護衛もついていた。だがしかし、今回は違う。マフスト村に来る途中、水を汲みに馬車から降りたライナの姿をたまたま見かけ、彼らは今回の悪行を決意したのだと語った。
 シエラの姿が見られていなかったのは、不幸中の幸いだろうか。神の後継者の姿を見ていたら、彼らはきっと村まで足を伸ばしていたことだろう。
 今か今かとライナの帰還を狙っていたところ、予想外に夜中にそれも一人で現れてくれたため、計画を変更してあの瞬間に襲ったのだとか。

「なるほどな……」

 そこまではまだ理解できたのだが、そのあとが問題だった。
 負傷したライナの血に誘われて魔物が現れ、山賊の一人が殺された。血の檻でなんとか魔物を捕らえたものの、頭であるヨナタンは再びライナを襲い、棍棒を振りかざした。――が、突然時渡りの竜が彼の顔面に張りつき、がじがじと遠慮容赦なく噛みついたのだという。
 命の危機を脱したライナが見たものは山賊達が強奪した宝石で、報酬という名の下に彼らを脅し、彼の根城に隠し持ってあるすべての宝石を回収した。
 その際、その場にあった宝石――おそらくアクアマリンだろう――を時渡りの竜が機嫌よく食し、次の瞬間氷のブレスを吐いて魔物をすべて凍りつかせたらしい。
 そのおかげで持ち運べるようになり、魔物と宝石を荷車に載せ、マフスト村まで運ばせた――それがこの奇妙な組み合わせの真相だった。

「脅したのか?」
「違いますよ、シエラ。お願いしたんです。ねえ、みなさん?」
「はっははは、は、はい!」
「……正直に言っていいぞ、なにされたんだ?」
「いや、その……えっと」

 凍りついたゲイザーを前に、山賊達は皆口ごもった。ちらちらとライナの胸や腰の辺りを見ては、気まずそうに顔を見合わせる。視線の位置だけ見ればよからぬ考えでも抱いているのかと思いそうなものだが、どうにも違う。
 胸に触れるロザリオと腰を縛るそれに気づき、エルクディアは憐みの目で山賊達を見た。
 自業自得だとは思うが、それにしたって運が悪い。

「腰紐……?」

 シエラがその単語を口にした途端、山賊達の肩がびくりと震えた。
 呆れたようにライナを見るが、彼女は穏やかな笑みを浮かべるだけで、それ以上を語ることはなかった。だがその変わらぬ笑みこそが肯定を示しており、山賊の一人が耐え切れなくなって「ひぃっ」と悲鳴を上げる。
 仕方がないとでも言いたげに目を伏せたライナが苦笑して、血で汚れた腰紐を解く。しゅるりという衣擦れに隠れるように金属音が響いたのは、おそらく聞き間違いではないだろう。

「ライナ、前から気になっていたんだが、それはなんなんだ? 前もそれを使っていただろう?」
「これはチェイン・ブレードといいます。父がわたしのために作らせた、特殊な武器ですね」

 鎖の刃と称するそれは、布の中に極小の鎖が隠されている。
 普段は紐と変わらぬ形状をしているが、一度力を加えればぴんと張った棒状に姿を変え、そして包み込む布を取り払えば人さえ切れることから、「刃」と名づけられている。
 時には鞭となり、時には剣となる。ライナの素性を考えればこれほどの隠し武器を所有させることくらい、当然だったのかもしれないが――戦闘が苦手だと言うわりには、彼女はそれを使いこなしている気がする。
 ライナの父親は心配性だと聞いていたが、護身用に特別な武器まで作らせるのだから、心配性もこじらせるとここまでくるらしい。本来聖職者には必要のないであろうそれを無邪気に揺らしながら、ライナは花のように表情を綻ばせた。

「武器とはいえ、わたしにはこれを使いこなせるだけの能力がありません。あくまでも護身用です」

 その護身用に、どうしてここまで山賊達が警戒心を露わにしているのか。なにがあったのかなど、考えたくもない。
 大方、言うことを訊かなければ、荷車の上に積んだ魔物を解放するとでも言ったのだろう。付き合いの長いものなら彼女がそんなことをするはずもないと分かるが、そうでなければ分かるはずもない。一般人にとって、聖職者がいなければ魔物は最大の脅威に等しい。いくら山賊とはいえ、敵うわけもないだろう。
 それにしても、これだけ負傷しているのにどうして機嫌がいいのだろう。
 ふいにライナのポーチがぼんやりと光を放ち、エルクディアとシエラは顔を見合わせた。もぞもぞと動くそこで「うがぁ」となにかが鳴く。

「ライナ、もしかしてそれ……」
「はい! どういうわけか、無事についてきてきてくださいました」

 誇らしげに笑ったライナはポーチを開け、中でくつろぐ時渡りの竜をそっと掬い出した。手のひらから零れた尻尾が、ゆらゆらと振り子のように揺れている。


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