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「ふざけるな、小娘! たかがっ、たかが士長ごときが、組織に楯突きよって! どう責任を取るつもりだ!!」
「士長の首一つで取れる責任なら、いつでも持っていけばいい。そんなもの、喜んで差し出すわ。けれど、それでも足りないのなら、――テールベルト緑姫として策を講じます」

 なんとまぁ。噴き出しそうになるのをなんとかこらえ、ムサシはマミヤを見上げた。
 少し力を入れれば折れてしまいそうな華奢な身体で、彼女はこの重圧にどう抗うつもりなのだろう。ともすれば震えそうなその声で、なにを言うつもりなのだろう。
 マミヤの言い放った言葉に、会議室内がざわつき始めた。「緑姫」――彼女は確かにそう言った。テールベルト緑姫として、策を講じると。
 それを名乗れるのは、テールベルトには一人しかいない。王族の中でも最も濃い血を持つ直系の――それも長女にのみに与えられる称号だ。
 彼女はそれを、躊躇いなく名乗った。

「なにを、馬鹿な……。現緑王に娘はいないはずだ!」
「くだらん狂言を抜かすな!!」
「書類上は確かにそうね。でも、この血がすべてを証明する」

 ――ああ、面白い。
 低く放たれた声は強いが、それは揺れるのを必死で誤魔化しているのだろう。彼女はいつまでもつだろうか。座り込んだまま静観していると、突然肘を掴まれて立たされた。驚いて振り返れば、表情一つ変えないヤマトがムサシの腕を掴んでいる。純白の軍服の胸に、背がぴたりと合わさる。厚い軍服の生地越しでは、その心拍の速さを感じ取ることはできなかった。
 マミヤが背後の男から袋を引きたくり、机の上に袋の中身をぶちまけた。中から現れたのは湿った土だ。独特の、どこか甘いような香りが僅かに漂う。
 「マミヤ様、」傍らの男から心配が滲んだ声がかけられても、マミヤは躊躇しなかった。小型のナイフをポケットから取り出すと、美しい輝きを放つ刃を己の手のひらに押し付けた。「わ、痛そうですね〜」呑気な声を上げたのはムサシだけだ。その場にいた誰もが息を呑んだ。ヤマトだけは、変わらず静寂を守っていたけれど。
 赤い珠が滲む。珠はぷくりと膨れ、繋がり、そうして線となって白い手に小さな泉を作っていく。彼女はそれを、広げた土の上で傾けた。
 ぱたぱたと雫が落ちる。土に濃い染みを作ったのは、間違いなく血だ。ムサシの中にも、ヤマトの中にも、ここにいる議員達の中にも皆等しく流れているはずのものだ。
 しかし彼女の血は、土に落ちた瞬間に己の生命維持以外の意味を持つ。
 そして、ムサシ達とは明らかに異なるものであることを証明するのだ。

「なっ……!」

 ――緑が、芽吹く。
 なにも存在していなかったはずの土の上に、青々とした双葉が顔を覗かせていた。ぽたり。真っ赤な血が落ちるたびに、緑は成長する。
 なにもないところに緑を生みだすことができるのは、王族だけが持つ不思議な力だ。その力は科学的に証明されておらず、未だに「奇跡の力」として扱われている。
 しかし、長い年月をかけてその力が薄れつつあるのも事実だった。手をついたところで、血を撒いたところで、緑が現れるまでには時間がかかる。それこそ、土が養分を吸って浸透するまでに時間がかかるように。
 だが、最も血を濃く引き継ぐ直系の人間は違う。
 一瞬で緑が芽吹く。そんなことが可能なのは、直系の人間でしかありえない。
 成分はまったく同じにもかかわらず、彼らの血だけが緑を生む。なにが異なるのか科学では証明できない。それを奇跡と人は言う。
 その奇跡を目の当たりにし、ムサシも思わずはしゃいだ声を上げていた。緑生の儀に出席したことはあるが、これほど近くで王族の力を見たことはなかった。

「……この力を理由にわたし達から奪うなら、わたしはこの力ですべてを奪い返す」

 ――人も、翼も、緑も、全部。
 この場にいるすべての人を射抜くように、マミヤは強く睨みつける。
 潤んだ瞳は痛みゆえか、それとも別のなにかか。
 握り込んだマミヤの左手からは、血が糸のように伝い落ちていた。硬い床へと落ちるそれは、他の人と同じように赤い歪な円を描いているだけだ。
 その手に、赤に紛れて金の輝きが見えた。細い指を飾っている金の指輪には、見覚えがある。ムサシ以外にもそれに気づいた者がいるらしい。誰とはなしに、呟きが漏れてきた。

「王印(おういん)……」

 植物を象った台座に緑の石が散りばめられた、繊細ながらも立派な指輪。それは王家直系の者にのみ与えられる印のようなものだ。

「……と、いうわけで、皆さんお集まりの頃かと思いまして、立ち寄らせていただいたんですよぉ。夜分遅くにごめんなさぁい。それじゃあマミヤ、失礼しまぁす」

 なるほど、宣戦布告というわけか。
 今度こそ耐え切れずにぷっと噴き出したムサシを咎める者は、もう誰もいなかった。がらりと雰囲気を一変させたマミヤに、誰もが面食らっているらしい。
 男達を引き連れて退室しようとするその背に、誰も声をかけようとしない。ちらりと伺い見たヤマトもなにも語ろうとはしないので、仕方なくムサシが彼女を呼び止めることにした。

「マーミヤくん。どういうおつもりですか?」
「嫌ですよぉ、ムサシ司令。マミヤ、茶番はもううんざり〜」
「でもここでマミヤくんに帰られると、ムサシ困っちゃう〜、なんですけどねぇ」

 マミヤの口調を真似して言ってみたが、誰一人としてくすりともしなかった。つまらなさに唇を尖らせる。
 彼女はなにも言わずに背を向け、扉の前を自然と固めていた隊員を見て拳を突き出した。もっと勢いがあれば殴りかかったのかとも思ったが、どうやら違うようだ。王印を見せたのだろう。

「緑姫、マミヤ・リネットが命じます。――そこをどきなさい」

 見れば、彼女の軍服の襟からは階級章が消えていた。どこにやったのかは知らないが、彼女はもう軍人である自分を捨ててこの場にやってきたのだろう。


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