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朽ちた欠片のその先に *21




「これはどういうことだっ!!」

 突き刺さる視線も、投げられる罵倒も、どれも予想の範疇を越えはしなかった。あまりに想像通りで、笑いが込み上げてきたほどだ。
 緊急招集をかけた時点で彼らの機嫌は最悪だった。真夜中に呼び出したのだから当然だろうが、その呼び出す原因が原因なだけに、会議室は火に油を注いだような状態になっている。誰もが飢えた猿のように喚き散らし、失態を犯したムサシを弾劾する。
 絶え間なく怒鳴りつける声に、さしものムサシもうんざりしていた。こんな汚い声が彼の耳にも突き刺さっていると思うと、それだけで気が滅入るというものだ。傍らのヤマトは、この喧騒の中でもただ静かにそこに鎮座していた。
 時計の針は深夜二時過ぎを指している。さすがに休んでいたのか、昼間は整髪料できっちり整えられている黒髪も、今は洗いざらしのまま撫でつけられていた。

「ええい、これは何事だ! 一体どう責任を取るつもりだ、ムサシ司令!」
「王族専用艦が出ただと!? あの小娘はどうした、見張っていたのではないのか!」

 ここに集まってすぐにその答えは説明したというのに、彼らは飽きずに何度も同じことを問うてくる。原稿がなければ議会で質疑応答もままならない男達だ、それも仕方ないのだろうと気づかれない程度に鼻先で一蹴した。
 頭から湯気を立ち昇らせんばかりの勢いで食ってかかる高官達には、今や机も椅子も意味をなさなかった。誰もが我先にとムサシへ詰め寄り、長机を押しのけて胸倉や肩を掴んでくる。
 枯れた指先が、深緑の軍服に皺を刻む。それは素肌をなぞられるよりも不快な感触だった。

「でーすーかーら! 先ほどもご説明しました通り、空渡艦を奪取したのはヒュウガ隊並びにイセ隊のソウヤ一尉です。空渡観察室にいたのは開発部の一曹で、このヴェルデ基地内においてマミヤ士長が緑場の操作を行ったという事実はありません」
「しかし、王族専用艦の起動コードなんぞ、一般の隊員が知る由もないものだ! あの小娘が関与しているのは明白だろうが!」
「その点については現在調査中です。直接関係者から話を聞かねばなりません。そしてそのマミヤ士長ですが、きちんと“入院”という形でこのヴェルデ基地からは遠ざけています」
「ちゃんと見張っていたのか!? 処置が甘かったのだ、地下室にでも入れておけばよかったものを!」

 そうだそうだと野次が飛ぶ。王族であるマミヤを非難する声に、年頃の若い娘の人権を考慮する色など含まれない。まるで家畜かなにかと思っているのではなかろうか。そんな風に思うほど、彼らの言葉には容赦がなかった。
 緑花院議長が他の議員を押しのけ、ずっ、と前に出てきた。膝を悪くしているのか、琥珀だか鼈甲だかの趣味の悪い杖をこれ見よがしについている。

「これはお前達の責任だぞ。この計画が失敗したらどうしてくれるつもりだ」
「さて、どうしましょうかねぇ」
「ふざけるなっ!!」

 ひゅっと風を切る音が聞こえたと思った次の瞬間、凄まじい痛みが頬を襲った。眼鏡が飛ぶ。衝撃に身体を支えきれずに椅子から転がり落ち、床にしたたかに肩を打ち付けた。起き上がろうとしたムサシの肩に、杖先が押し付けられる。
 どうやらこの杖で殴られたらしい。頬の内側を切ったのか、鉄臭い血の味が口の中いっぱいに広がっていて不快だった。杖先を捻じ込まれる肩にも、生半ではない痛みが走っている。
 痛みとともに見下ろしてくる冷ややかな視線は、ムサシにとって懐かしいものだった。かつて何度もこの視線を浴びせられてきた。まるで虫けらかなにかを見るような目は、ムサシが対等であることをけして認めない。同じ場所に立つことすら許さない。彼らの納得できる結果を出さなければ、使い物にならないクズとしてそれにふさわしい扱いを受ける。
 ずきずきとした痛みは怒りすら生まない。彼らのような存在に、感情を傾けること自体が無駄だと知っているからだ。
 ヤマトが唇を動かしたそのとき、会議室の扉が勢いよく開かれた。その騒ぎといえば、あのときと酷似している。もっとも、あのとき乗り込んできたのは、彼女一人だったのだけれど。

「おやおや、こんばんは。お元気でしたか? マミヤくん」

 黒服の男を三人従えて会議室に乗り込んできたマミヤは、意志の強そうな瞳をきらめかせていた。本人は黒だと言い張る深緑の髪が、扉の閉まる風圧に煽られてふわりと靡く。
 ――きれいですねぇ。
 声に出した覚えはないが、どうやら零れていたらしい。マミヤの眼差しが一度ムサシを捉え、彼女はなにか物言いたげに眉根を寄せた。

「なぜ、お前がここにっ」
「貴様ァッ! 自分がなにをしたか分かっているのか!? 王族が私的に軍を動かしたんだ、これは大きな問題だぞ!」
「こんな勝手な真似が許されると思っているのか!」

 可哀想に、冷静な判断ができなくなったのだろうか。議員達は興奮に任せてマミヤに詰め寄っていく。ムサシはその場に軽く両膝を立て、頬杖をついてその様子を見守った。案の定、屈強な黒服の男達が間に入って議員達を阻む。
 日頃上等な椅子に座り慣れている彼らには、それがひどくお気に召さなかったらしい。血管が切れそうなほど顔を赤くさせた議員の一人が、近くに置いてあった紙コップを掴んで勢いのままにマミヤにコーヒーをぶちまけた。冷め切った液体は黒服の男によってほとんどが遮られたが、僅かにマミヤの顔にもかかったらしい。
 ぽたり。黒い雫が細い顎先から伝い落ちる。

「……勝手? 笑わせないで。どっちが勝手よ」

 静かな、絞り出すような声だった。


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