白を売る者 [ 4/4 ]

白を売る者


hi


 ぼくがそれに気がついたのは、千切れ雲がどんどんと後ろへ流れていく速さまで加速したときだった。風を切る音が鳴り響き、雲にぶち当たるたびに機体が揺れる。
 巨大な飛行樹ががくがくと揺れ、地平のあたりに小さな粒がいくつも揺らめいているのが見えた。枯れた大地に僅かな緑が見える。
 あれはもしかして、ビリジアン王家の人間だろうか。確かあの国の王はまだ子供だったはずだ。
 ぴりっとした殺気を感じる。どうやら何人かがこちらに気がついたらしい。最新型の飛行樹ではあるけれど、大きさや騒音を考えれば無理もない。点滅信号で敵意がないことをすぐさま伝えたけれど、相手方は警戒を解く気はないようだった。
 仕方がない。距離を取って着陸し、弾むようにハッチから飛び出した。
 ああ、数時間ぶりの地上の空気! 思い切り肺に吸い込んだ空気は僅かに緑の匂いが混じっていて、とてもすがすがしい気分になった。

「――誰だ、テメェ」

「ちょ、ちょっと待って、銃はやめてくれ! ぼくはビロウド、十四歳。趣味は発明と空を飛ぶこと。生まれはテールベルトのド田舎で、焦土地域からギリギリ外れたところで生まれたんだ。ヴェール・アマンドって知ってるかい? あそこ。それで、今は新型の飛行樹でちょっと旅を――」

 言い終わらないうちに、目つきの悪い青年に銃を突き付けられた。

「ちょっと待てってば! ぼくは善良な市民だぞ、失礼じゃないのか?」

「他国の領土に無断で侵入した挙句、王族の前にのこのこ現れやがったんだ。すぐさま射殺されないだけマシと思え」

「だから、今からそれを説明しようと思ったんだって! 旅をしていたら、計器が狂ってここまで来たんだよ! あんた達が王家の人間だって今知ったし!」

 まあそれは嘘だけれど。
 兵士だろう青年の後ろには、くたくたになった小さな子供と、それを守るように何人もの兵士が銃を構えている。子供を支えているのは女の子だった。ぼくよりもいくつか年上だろう。くりっとした目が印象的だ。
 フードをかぶった子供は、女の子に寄りかかりながらぼくを睨み付けているようだった。その足元に双葉がひょこっと芽を出す。
 ぼくを射抜く緑の目に、ぞくりと背筋がこそばゆくなった。

「スー、その子どうするの」

「あ? 殺す」

「まだなんにもしてないのに?」

「してからじゃ遅ェだろ」

 でも、と口ごもる女の子はどうやら「甘ちゃん」らしい。殺すだなんてとんでもない。この場を脱出するなら、彼女に訴えるしかなさそうだ。
 だって仕方がないじゃないか。他国の領土に侵入したまま飛び続けたって、絶対に面倒なことになっていたんだ。だったら、今降りた方がマシだろうって思ったんだ。ほら、仕方ないだろう?

「ねえ、お姉さん。ぼくってほら、少しドジなところがあるんだ。でもさ、この国を侵略してやろうとか、王様に危害を加えてやろうだなんてこれっぽっちも考えなかったんだ! それにこんな小さなぼくに、いったいなにができるっていうのさ」

「アホか。あんな馬鹿でけぇ搭乗型の飛行樹乗り回すガキがただのクソガキなわけねェだろ」

「……あんたほんっとうざい」

「ァア!?」

「スー! ……とにかく、今はやめて。テンセイ様が見てる」

 引き金に掛けていた指が離されたのは、どうやら彼女のその一言のおかげらしい。こんな短気な男を飼い慣らしてるだなんて、どういう関係なんだろう。他には見えないように舌を出すと、頬に衝撃と熱が襲ってきた。がちっと歯がぶつかったかと思うと、脳みそが揺さぶられて、気がつけば地面を転がっていた。
 殴られたのだと分かったのは、女の子の悲鳴のような怒声が聞こえたからだ。じくじくと頬が痛む。広がってくる鉄臭いにおいは、口の中が切れたことを教えてくれた。

「もうっ、スコットの馬鹿! どうしてそう手が早いのさ!」

「るっせェよ。女が口出してんじゃねェよ、うぜェ」

 ――あ。
 傷ついた。
 痛みを隠すように俯いた彼女と彼の間には、どうやらなにか溝があるらしい。掘り返してみようか。首を突っ込むのはよくないことだと父さんに何度も言われていたけれど、いきなりぶん殴られたんだし、これくらいしてもいいだろう。
 なに、ちょっと仲をこじらせるだけじゃないか。
 にんまりと笑ってどんな言葉をねじ込んでやろうかと考えた瞬間、それは降ってきた。

「よーっす! わりーわりー、遅れちった! シェッド様さんじょーう!」

「ぴぎゃっ!」

「えっ……、シェドくん!? あっ、足元!!」

「え? おあっ!?」

 腹が立つほど陽気な声でぼくの真上に降り立ってきた男は、こともあろうにぼくの頭を踏みつけて地面に着地した。当然ぼくの身体は前のめりに倒れ、額が砂にまみれる。自慢の金髪も汚い泥だらけだ。
 慌ててぼくを抱き起して謝ってきた男は、軽いノリで汚れを払うと「お前誰?」と笑顔で言い放ってきた。
 ああこいつ、馬鹿なんだ。
 ぶっ飛ばしてやろうかと思ったところで、ビリジアン緑王が口を開いた。

「すっ、スコット! そやつ、殺さずともよい。ひっとらえて、後日、テールベルトにひきわたせばいいだろう」

「ころ――? え、スコット、おっまえまぁた殺して片つけようって考えてたのかよ! そういうのはよくないっつっただろ!!」

「ああもう、るっせェ!! テメェは口挟むな、シェッド! ……テンセイ様、本当にそれでよろしいのですか」

「う、うむ。……よい」

 怯えたように女の子の背中に隠れるチビの王様だけど、どうやら見る目はそこそこあるらしい。
 口の中の血を吐き捨てて、ぼくは目の前の男に手を伸ばした。馬鹿な熱血漢はあっさりと手を引き、起こすのを手伝ってくれる。目つきの悪い暴力男がすぐさま舌打ちした。
 そうだよな。あんたは、気に入らないはずだ。

「ありがとうございます、ビリジアン緑王陛下。テールベルトのガゾン大商連が次期跡取りビロウド・ガゾン、このご恩は一生忘れません」

 その場にいた数人の兵士らが息を呑む。
 かわいい女の子がはっとしたように暴力男を見た。あ、なんだ。知ってるのか。
 「へー、こんなちびっこいのに次期跡取りたぁ将来有望だな!」目の前の馬鹿はけらけら笑って頭を撫でてくる。おかげでぼくの頭は鳥の巣のようになってしまったけれど、そんなことには構わずにとびきりの笑顔を振りまいてやった。

「あっ、そうだ。なにか御入用の際は、ぜひともガゾン大商連へご連絡を」


 そこの暴力男みたいにね。


(お客さん、今度はなにを「売って」くれる?)
(ガゾンの兵器は、城をも消し飛ばす)



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