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 水族館の最寄駅に着くと、もう辺りはすっかり暗くなっていた。窓口でチケットを買うときに、あと三十分で閉館だからと難色を示されたけれど、必死に頼み込んで館内へ駆け込んだ。
 薄暗い館内には青い光が溢れている。この辺りで最も大きな水族館だ。たった一人を探すのは難しい。入ってすぐの大水槽前には、人気の少なくなったこの時間帯を狙うようにカップルが寄り添っていた。
 あの人も、誰かとここにいるのだろうか。そう考えかけて、首を振る。今会わないと、もう二度と会えない気がした。それがなぜかは分からないけど、でも、今じゃなきゃ駄目だった。
 水の音が聞こえる。青い光が身体を包む。どこだろう。帰るために出口へと向かう人々の流れに逆行して、奥へと進む。悠さんにここの水族館の話をしたとき、あたしはなんと言っただろうか。
 イルカショー? アザラシ? ペンギンの赤ちゃん?
 違う、そうじゃなくて。

「クラゲ?」

 クラゲが見たいと言った。テレビの特集で組まれていて、色とりどりのライトを浴びた姿がオーロラみたいで綺麗だと零したあたしに、悠さんは「いつか見に行こうか」と笑った。
 クラゲコーナーへ走る。閉館準備を進めるスタッフに注意されたけれど、そんなものに構っている余裕はなかった。時間がない。どうしてこんなに焦るのか分からない。でも、見つけなきゃ。今見つけなきゃ。
 心臓が破れそうなくらい必死に走って、一段と暗くなった一角へ足を踏み入れる。ごぽごぽごぽ。気泡の音に合わせて、水槽の中で小さなクラゲがふわふわ揺れていた。円柱型の水槽、普通の四角い水槽、たくさんの水槽があるけれど、そこには誰もいなかった。水の中のオーロラがそこにあった。こんなにも綺麗なのに、この子達を見る人間はあたししかいない。鏡のようにあたしを切り取る水槽が、泣きそうな情けない顔を映し出す。

「……うそつき」

 こういうとき、漫画だったらここにちゃんと悠さんがいて、驚いて振り向いて、そしてあたしを抱き締める。
 鼻を啜ってクラゲコーナーを飛び出した。時間はまだあともう少しある。奥まで全部見て回るのは無理でも、あともう少しだけなら探せる。
 もう帰っているかもしれないという考えは、完全に抜け落ちていた。なぜか、悠さんはここにいるという確信があった。もうぼろぼろの足が動いたのは、きっとそのためだ。
 アマゾンコーナーに向かう途中で、ブラックライトの灯る廊下があった。分かれ道になったそこには、深海コーナーと記されている。足元さえ見えなさそうなそこは、ほぼ真っ暗だ。

『うわぁ、俺、こういうの苦手だなぁ……。暗い上に、深海魚ってなんだか……』

 怖がりな悠さんらしく、テレビだというのにぶるりと身震いしていたことを思い出した。
 ――いるわけない。
 暗いし、深海魚は気持ち悪いし、怖い。
 怖がりなあの人が、一人でここに来るわけがない。
 そう思うのに、足は自然と暗闇の中に進んでいた。


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