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 ――そうね、つらいわね。
 もしもアタシが、ハルカを連れ帰ってこなかったら。もしも茉莉花が、ハルカのことを好きにならなかったら。もしも小鳥遊くんが、現われなかったら。
 たくさんの「もしも」が、頭の中を流星群のように駆け回る。
 それはあくまでも「もしも」の仮定でしかなく、現実ではない。今、この子の中では様々な葛藤が渦巻いていることだろう。常識だとか、倫理だとか、そういったことを考えれば、茉莉花が出すべき答えは一つだ。
 それが簡単に選べないから、この子は泣いている。そりゃそうよね。アンタ、ハルカのこと、どうせまだ好きなんでしょう? でも小鳥遊くんのことだって、好きだって思ってるんでしょう?
 アタシに取れる責任なんてなにもない。人の心に、責任なんて持てない。
 でも、少しくらいは協力させてほしい。震え続ける大切な妹を抱き締めることくらいは、許されるだろうか。許さないと言われたところで、アタシはその声を無視するに違いないけれど。

「……おやすみ、茉莉花」

 泣き疲れて眠る茉莉花を抱き締めたまま、アタシも眠ることにした。明日になれば、少なくともアタシは今より落ち着いていると思う。すべては明日から始めよう。だから今は、ゆっくりと眠ろう。二人分の熱がこもったベッドの中は、とてもあたたかい。

 ――責任なんて取れない。でもね、アンタが迷ってるなら、アタシも一緒に歩いてあげるわ。


+ + +



 朝食を取って、あたしは促されるままに外出した。腫れ上がった瞼を綺麗にメイクで隠した姉に、お気に入りのショップや喫茶店へと連れ回された。途中、姉の友人達と出会って、彼女は笑顔で彼らに手を振っていた。「妹ちゃん?」訊ねてきたのは背の高い男の人で、派手な金髪が目に痛い。「そうよ、手ぇ出さないでね」けらけらと笑ってそんなことを返す姉は、朝のどろどろメイクが嘘のようだ。
 ありきたりな表現だけれど、こういう人を太陽のような人と言うのだろう。いつも周りを明るく照らす、なくてはならない存在。
 チーズケーキを食べながら、向かいに座っている姉の話をぼんやりと聞く。隣の席にいたサラリーマン達のホットコーヒーの匂いが流れてきた。その反対には、楽しそうな女の子と母親。泣きわめく子供と、呆れ顔の父親。それぞれにそれぞれの世界があって、時間は止まることがない。

 あたしも、姉も、――小鳥遊くんも、悠さんも。
 どんなに嫌がっても、一分は六十秒しかなくて、一日は二十四時間で構成されている。明日が来れば、学校に行かなければならない。同じクラスにいる限り、小鳥遊くんと顔を合わせないで過ごすことは避けられない。
 でもどんな顔をして会えばいい? あたしはなにを言えばいい? もうなにも分からない。なにも考えたくない。誰のことも考えず、いっそ消えてしまいたい。


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