鏡花水月 | ナノ

12 最後の七星士と想い

(13/22)


「華ちゃん、おかえりー!」
がばっと美朱が華に抱きつく。
今から寝るところだったのか、すでにパシャマ姿だった。
「心配したのよォ。大丈夫なの?」
「うん、もう平気。ごめんね」
謝ることないでしょ、と柳宿は小さく呟くと華の頭を撫でた。
「あ、華ちゃん紹介するね。軫宿!」
ぱっと身体を離した美朱が、翼宿の隣に立っている長身の男性を紹介してくれた。
「はじめまして、私は華です。美朱の友達です」
「あ、あぁ……軫宿だ。よろしく頼む」
ぎゅっと握手を交わす。
力強い手に華は少しだけ懐かしさを覚えた。


本当に、寝る少し前に帰ってきてしまったらしく美朱がリュックから取り出した歯ブラシに歯磨き粉をつけて、歯磨きを始める。
シャカシャカと小気味いい音を立てて歯を磨く美朱は、ふと外を眺めると眉を顰めた。
「ねぇ、柳宿。コウモリって人襲ったりする?」
髪を整えていた柳宿は今は布団を整えている。
勿論、帰ってきた華の分も追加で引いてくれていた。
ぽんぽんとそんなに厚みはない敷布団を叩いて埃を払う。
立派だが、長いこと人のいなかった小屋はどこもかしこも埃がかぶっていた。
「こっちからちょっかいかけなきゃ、襲ってなんてこないわよ」
「ふーん」
口の端から溢れそうになった泡を指でキャッチして、美朱は口を濯ぐために水場に慌てて走っていく。
華はそんな様子を眺めながら、外に造られた簡易的な焚き火に当たっていた。
美朱が口を濯ぎ終わり、寝台に腰掛ける。
それを見て、空いている窓を半分閉めた。
「華、寝なくて平気なのだ?」
「さっき随分寝ちゃったから、眠くないんだよね」
果たして気絶を眠ったと言っていいのかわからないが、華は軽く笑うと、焚き火の周りに腰を下ろしている軫宿と翼宿、井宿に問いかけた。
「みんなは眠くないの?」
「交代で見張りをするから、心配はない」
「そう?」
ぱちぱちと揺れる炎を眺める。
小屋のすぐそばにある小さな森の入り口には、先程美朱が言っていたように、コウモリが複数飛んでいた。
「ところで、さっきのアレはなんやったんや?」
「あー……あれね」
なんと言おうかと一瞬口ごもる。
しかし華はすぐに口を開いた。
「なんか、私は麒麟の使いってやつで、麒麟の力が使えるみたいなの」
あっけらかんとそう言えば、はぁ?という顔をした翼宿と目が合った。
「なんやそれ」
「麒麟の使い……?」
「そう、麒麟」
四神に属さない神の名前に軫宿と翼宿は首を傾げた。
「なんや、よーわからんなぁ」
「私もよくわかんない」
なんだろうねー、と一人ごちるように呟けば井宿がぼそりとつぶやいた。
「太一君に、少しだけ聞いたことあるのだ」
「ほんまか、井宿!?」
「少しだけ、なのだ。 麒麟とは四神を司る神なのだ。そして、朱雀召喚には華が絶対に必要なのだ。どの部分で必要なのかまでは知らないのだが……」
「巫女とは違うんだな」
「違うのだ。オイラがわかるのは、華はオイラ達の仲間だという事。そして」
一旦口を閉じた井宿は、華を見つめるとその表情を柔らかくした。
「美朱ちゃん同様、守るべき存在であるという事なのだ」
「ちょ、ちょっと待った!!」
その言葉に慌てたように立ち上がる華。
軫宿と井宿、翼宿は驚いて少しだけ肩を揺らした。
「それは、私のセリフ。守るのは私。あなた達は七星士なのだから美朱を守るのが一番。私は一人で戦える、大丈夫!」
「武術の心得があるのか?」
軫宿の鋭い質問に、冷や汗が吹き出す。
武術の心得なんてものはない。
華だって、美朱と同様平和な世界で何不自由なく暮らしてきた人間だ。
剣を扱えるわけではないし、なんなら学生時代の部活だって当たり障りのない美術部だったから、特段足が速いわけでもなく体育の成績なんて、そこそこだ。
絵は人より描けるかも知れないが、この世界では必要ではない。
反論しようと華が口を開けた瞬間。
森の入り口で飛び回っていたコウモリが急に、美朱達の寝る部屋に向けて一斉に牙を剥き出し襲いかかった。
同時に聞こえる、微かな笛の音。
「きゃあぁぁぁっ!」
「美朱!!」
美朱の悲鳴が響くと同時に、パジャマ姿のまま飛び出してきた彼女には、無数のコウモリが齧り付いていた。
その後ろから柳宿が美朱を追いかけて飛び出してくる。
「翼宿!」
「任せとけ! 烈火神焔!!」
飛び出した炎が美朱を襲うコウモリを焼く。
炎を免れた数匹のコウモリは、それでも怯む事なく美朱に噛みつき危害を加えていた。
「普通とは様子が違うのだ!」
錫杖を地面に叩きつけるようにして鳴らし、気を集中させた井宿が叫ぶ。
小さく力む声と共に、コウモリが弾き飛ばされた。
痛みでその場にうずくまった美朱に華が駆け寄るが、一旦井宿の術によって離れたはずのコウモリが再度襲いかかる。
「美朱、伏せて!」
コウモリからの襲撃を極限まで抑えようと、華は美朱の首筋を手で覆った。
反対の手で襲いくるコウモリを素手で叩いて追い払う。
柳宿も同じようにして美朱を守ろうとコウモリを叩いた。
まったく怯む様子のないコウモリは、執拗に美朱を襲う。
「まったくキリがないわねぇ!」
苛立ちを隠さず柳宿が叫んだ瞬間。
また、笛の音が響いた。
今度は、高く大きく響く。
そして、次の瞬間。
低い男のうめき声が聞こえたと思ったら、全身を真っ黒い布で覆った大柄な男が頭を押さえ、のたうち回りながら落ちてきた。
「ぐあぁぁぁぁっ!?」
激しい悲鳴に、思わず華が後ずさる。
それを最後に、男はぴくりとも動かなくなり、コウモリ達も美朱を襲うのをやめて、散り散りに飛び去った。
「よかった……間に、合いました……」
ボロボロの青年が森の奥から姿を現す。
誰にやられたのか、あちこち擦り傷や切り傷をおっている。
その青年を月明かりが照らす。
コウモリから解放された美朱が顔をあげ、あっと小さく声を漏らした。
「あなた、その字……!」
「はい、僕は朱雀七星士の、張宿です……」
月明かりが顔を照らした瞬間。
ひゅっと、華の喉が小さくなった。





「美朱の怪我は私がなんとかするから、軫宿はその子をみてくれる?」
気を失って倒れてしまった青年を抱えて、小山に引っ込んだ一同は、二人を寝台へと寝かせた。
片方を軫宿が、美朱を華がそれぞれ診る。
美朱は齧られた傷が無数にできていて、そこが腫れ上がり見るからに痛そうだった。
「なんとかするって……治癒力が使えるんか?」
翼宿の言葉に華はうーん、と腕を組む。
「と、いうか、なんでも出来ちゃう」
「はぁ?」
「待つのだ!」
翼宿がまだ何か言おうと口を開くが、それを遮るように井宿が声上げた。
珍しく焦っているようだ。
「なに? 井宿、どうしたの?」
さて、治すかと美朱のそばに腰掛けて指を組もうとした華の手を井宿が掴む。
「太一君の言葉を忘れたのだ?」
やめさせたいらしく、井宿の手には僅かに力がこもっている。
しかし、華はやめなかった。
「開、神」
ほわぁっと黄金色の光が華を包む。
井宿が慌ててさらに、力を込めて手を握る。
しかし、そんな態度では発動した力を止めることはできなかった。
「美朱の傷を、治して」
つぶやいた瞬間。
黄金色の光が美朱を包む。
みるみるうちに噛み跡がなくなっていき、黄金色が無くなる頃には、全て綺麗に治っていた。
「君は……っ!」
全てが終わり、対価が何かと待っていると、ぐいっと力強く腕を引かれそのまま引きずられるように小山から出された。
華の力に呆気に取られた柳宿と翼宿、軫宿を残し、ずんずんと腕を掴んだまま暗い中を進んでいく井宿に、足をもつれさせながもついてゆく。
そのまま井宿とは思えない乱暴な手つきで木の幹に身体を預けさせられたかと思うと、ドンっと音を立てて華の顔の横に井宿の手がつかれた。
仮面はニコニコと笑っているのに、すごく怒ったオーラを感じる。
華は思わず冷や汗をかいた。
「あのー……井宿?」
何も言わない井宿におずおずと声をかける。
「君は、太一君の言ったことを覚えているのだ?」
声はいつもより低く、怒気を孕んでいた。
「覚えてる。使いすぎちゃダメなんでしょ? 美朱の怪我を治すくらいは大丈夫だって」
「対価が何かもわからないのに?」
「そんなの、やってみないとわからないじゃない!」
「前回は倒れたのだ!」
「何をそんなに怒っているの!? 確かに倒れたけど、何もなかったじゃない!」
「オイラが気を送らなければならない事態にはなってたのだ!!」
「そんなこと……っ」
さらに言い返そうと口を開けたが、瞬間に走った痛みで華は眉をひそめ、口を閉じた。
左腕をみれば、膝付近が赤く火傷をしたみたいに爛れている。
「ほら、みたことなのだ」
少しだけ怒気は鳴りを潜めたもののそれでも、まだ怒っているようで華の顔の横につかれた手はそのままだ。
「これくらい、大丈夫」
じくじくと痛むそこを無視して、強がって見せる。
「痛っ!」
しかし、おそらく優しくはしてくれたのだろう、井宿の指がそこを押しただけで、華は声をあげた。
「これくらい、なのだ?」
「……」
何も言い返せなくなり、華は等々黙り込んでしまった。
「華」
「……なに」
「自分を傷つけるようなやり方はやめるのだ」
「どうして」
「……みんなが心配するのだ」
「それじゃあ、力が使えないでしょ」
「使わなくてもいいように、オイラ達がいるのだ」
「それじゃあ、これから先ダメなの!」
今にも泣き叫びそうな声で、華が叫んだ。
「だめ、なの……ダメだったの……これから先、もっともっと過酷になるっ、今までと同じじゃ、誰も救えない……! 私の前からみんないなくなってしまう……!」
「ダメだった? どういうことなのだ?」
「今までと同じ、何も出来ない私だったらみんな死んでしまう……っ、何も出来ないまま見るだけなんて、もう嫌だ! 私はみんなに生きてて欲しい! この力はを貰ったのは初めてだし、きっときっと……っ、私がやらなきゃいけないことなの……っ、太一君はこれで最後だって言った! なら、私は後悔しないやり方で、未来を……みんなの未来を救いたい!」
後半は泣いていた。
いい歳なのに、みっともなく涙をこぼしながら八つ当たりのように井宿に叫んだ。
だって、どうしても、あの光景が脳裏に焼き付いて離れない。
あの光景を繰り返したくはない。
もう何もしゃべれなくなり、華はしゃくりあげながら等々声をあげて泣いた。





結局、井宿はこれ以上怒る事をやめ、華が落ち着いたのを見計らって手当をするために皆のところに戻った。
軫宿だけが起きており、他の皆んなは寝ていた為、華の真っ赤に腫れた目を見たのは一人だけで済んだ。
青年に力を使ったらしく、華の爛れた傷には軟膏を塗り、包帯を巻く事で処置は終わった。
小さくありがとうと呟く華を見て、軫宿は井宿に何があったのか尋ねようかと考えたが、なんとなく嫌な予感がしてやめておいた。
そして翌日。


とうとう七星士が揃った、と喜ぶ美朱を他所に華は硬い表情で青年を見ていた。






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