君の名を呼ぶ
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悪魔でありながら祓魔師に師事し同族を殺す祓魔師、その存在は昔から小耳に挟んだことがあった。
とはいえその人間の姿を借りた悪魔は基本的に結構難解な任務にも単独でつくためその姿を見たことのある人物は殆んどいない。
デカイ図体だとか腕が四本生えているだとか、そんな怪談にも近い存在と何故自分が一緒の任務に就くことになるのか、未玲は首を傾げた。

「そりゃ俺が忙しくて、仕方なく代わりだろ」
「……百歩譲ってそうだとしても、元教え子の前でエロ本読んでる人には言われたくないんだけど」
「うっせー、あっという間に出世しやがって」
「三年後くらいには聖騎士の椅子も脅かしてるかもしれませんねー」
「んなわけないだろ、俺はまだまだ現役だ」

前々から思っていたが三賢者はよくもまあこれだけ煩悩まみれな人を聖騎士に任命したのか、いや確かに藤本獅郎の実力はよく知っているが。
ヴァチカン勤務になり久しぶりに呼ばれて日本支部へ戻ってくると、何故か「噂の悪魔で祓魔師の奴知ってるだろ、あいつと一緒にちょっとエジプトまで仕事行ってくれ」とまるで近所のコンビニにお使いに行ってくれかのような軽いノリで言われた。
いやいやちょっと待て、と言いかけたところでコンコンと扉をノックする音が響き、藤本の書斎である部屋の扉が開く。

「おー、ちょうどいいところに来たな。こいつが今回俺の代わりに任務に就くことになった奥村未玲だ。まあ生意気な小娘だが大目に見てやってくれ」

そこにいたのは袋に収めた刀を背負った細身の男だった。
流石に怪物ではないだろうと思っていたが知っている唯一騎士團所属の悪魔がピエロみたいなナリをしているためそれなりであるのを予想していたため、肩透かしのような印象だ。

「よろしく」
「こちらこそ、奥村未玲です」

名前はないのだろうか、名乗らなかったので聞くのも無粋だと思いやめておく。
軽く会釈して顔を上げると赤い瞳が目に入った。

「よくよく見てみるとお前等結構見た目似てんな」

目付きの悪さとか!などとケタケタ笑う藤本に苛立ちつつも相手の様子を窺う、と見事に目が合った。

「……失礼なこと言うなよ、俺みたいな悪魔と一緒にされたら嫌だろ」
「あ、いや、別に嫌とかでは……寧ろあんな煩悩神父より断然かっこいいですよ」

それは藤本に向けての言葉だったが返してしまい、きょとんとした顔になる男と反してにやけた顔になる藤本。

「相性は問題ないみたいだな、んじゃさっさと行ってこい」


■□


「あの、今更なことですけどこの任務どうして初対面の私を呼び出してまで複数人数で行わなくてはならないんですか?」

日本支部長メフィストから支給(メフィストも「こうして二人並んでみると確かに貴方達似てますね、特に目元が」と言われた、そんなに似てるだろうか)された鍵で正十字騎士團エジプト支部まで向かい、そこから現地の祓魔師に案内されて問題のピラミッドへと向かう。
任務の内容というのは、一ヶ月程前ピラミッドで墓荒らしが発生しその際に中に封じられていたゴーストが凶悪化し近隣住民が相次いで姿を消したり、その数日後遺体で見つかる場合もあればそのまま見つからない時もあるとか。
現地では古代国王の呪いだとか言われているが実際はれっきとした悪魔の仕業だ。
だがゴーストというのは基本強大な戦闘能力は保有しておらず、調伏は容易である。
彼がその名を知られており、尚且つ誇張表現されている理由にパズスという上級悪魔を調伏した実績にある。
青焔魔の血縁にある八候王には及ばないが、それなりの力はある悪魔を祓った実力なら凶悪化したゴーストくらい大したことないのではないか。

「ピラミッドの最深部に悪魔がいるらしいんだが、そこに辿り着くには中にあるトラップを突破しないとならないらしい。中には複数人数必要なトラップもあるんだとよ」
「インディージョーンズか……」
「悪かったな、藤本が他に任務がなかった良かったんだが」
「い、いえ嫌とかじゃないですから」

案内役とはピラミッドの前で別れて内部に入って行く。
狭い通路を予測していたが反して内部は整備されていて、靴音や互いの声が反響した。
トラップと聞いて巨大な玉が転がってきたり、落とし穴だったり棘が降ってきたりを予想していたが割と危険ではなくどちらかと言うとパズルの類いが多く、複数人数必要な仕掛けというのも離れた場所にあるスイッチを同時に押さないと開かない扉くらいで順調に目的の最深部へと向かっていった。

「あとその敬語、やめてくれ」
「え?」
「俺に敬語使う奴は大抵悪魔である俺に不信感か恐れている奴だ、お前がそのどちらかなら使ってくれて構わないがな」
「あ、やめます、敬語やめる!」

慌てて言えば満足げにまた歩き出す。
若そうな見た目だが自分よりも大分年上なんだろうと考慮して敬語を使用していた(メフィストや藤本も年上だがそこは無視だ)が意外と子供のようで、そういうのは嫌なのかもしれない。

(……そういや、なんでまた祓魔師になろうと思ったんだろう)

前を歩くコート姿を見てふと思った。
祓魔師には人間と悪魔のハーフはざらにいるが、生粋の悪魔で祓魔師なんて奇特なことをしているのはメフィスト・フェレスの他に彼しかいないだろう。
だがなんとなくそれを聞くのは憚られた。
互いに沈黙のまま歩くと一際大きな扉が目の前に立ちはだかった。

「どうやら、この先が最深部みたいだな」
「特に仕掛けは見当たらないみたいだけど……」
「メフィストから札を預かっている、これがあれば開くそうだ」

コートの内から札を出し、扉に貼りつける。
数秒間何も音がせず静寂が辺りを襲ったあとゴゴゴと土煙を立てて扉が開いた。
うわーリアルに映画みたいだと感心したところで、その内部にいるというゴーストを祓おうと身構える。
その瞬間突然強烈な突風が襲った。

「……っ!」

身体が吹き飛ばされそうになりながらもどうにかその場に踏み留まる。
と、その時隣に立っていた夜が苦しげに胸を抑えて蹲った。

「だ、大丈夫……?」
「来るな!」

驚くほどの剣幕に不審に思っていると、地の底を這うような声が響いた。

≪悪魔でありながら、同胞を殺す裏切者よ……身の程もわきまえず我が領地を侵すというか≫
「ぐ……っ!」

致死節が判明しているのだが如何せん長いためこの風の中ではそれを長時間口に出すことが出来ずにとにかく体勢を立て直そうと、声をかけようとして異変に気づいた。

(震えてる……?)

小刻みに揺れる身体、何があったのか。
更にはハアハアと息も荒い。

≪我の力は他に悪夢を見せる、触れられたくない過去をな≫
「過去……?」
「うる、せえ……!」

振り切るように夜が叫ぶが苦しそうだ。
どうしたものか、武器を使えば建造物を破壊しかねない(現地の祓魔師にそれだけはやめてくれと再三言われている)
とにかく一旦退避するしかないと思い、夜に近づいたその時。

「……っ!」

ぐいと腕を掴まれ地面に倒される、背中を強か打ちつけ痛みに顔を歪めると状況が掴めぬ間に馬乗られ首に手をかけられた。

≪そうだ、祓魔師の女を殺し悪魔としての本能を呼び戻せ、大丈夫お前はもうかつてのように弱い生き物ではない!≫

ぐっと手に力が入り首を絞められる。
この悪魔は人の内面の闇につけ込み囁くのだ、それは自分に近しいほどより強力に苛ませる。
悪魔である彼は相当な影響をうけてしまっているのだ。

(―――まずい、目が霞んで)



■□



(止まれ止まれ止まれ……!)

身体の奥底から湧き上がるような悪魔としての本能。
押さえつけようとしても頭に響いてくる悪魔の囁きによって邪魔されてしまう。
組み敷いた女祓魔師の細い首に指を絡ませ絞める、今すぐ手を離したいのに≪人間を殺せ≫という声に阻まれて身体が言うことを聞かない。
女祓魔師―――奥村未玲といったか、が呻いた。

(俺は一体なんのために祓魔師になったんだ)

理由はただ一つ、もう昔の話だが命の恩人である少女を凶悪な悪魔から守るためだった。
戦う力も持たないひ弱な下級悪魔だったところから死に物狂いで悪魔を殺す術、エクソシズムを身体に叩き込んだ。
結局目的は達成され、恩人である少女が穏やかな人生を送るのを見届けた。
それからは、青十字騎士團から名前を変更した正十字騎士團に従事し悪魔を殺す毎日。
正直、今自分が何のために生きているかはっきりしたことはわからなかった。

「………、」
「……?」

もうどうでもよくなってきて、悪魔に意識を渡してしまおうかそんな考えが脳裏を掠めたとき、未玲が僅かだが口を開き何かを言った。
しかしそれは声にならない。
何を言っているのか、悪魔に気を許してしまったことを後悔しているのか恨み言か、はたまた死にたくないと泣くのか、そんな興味が湧いて未玲の口元へと耳を近づける。

「……、よ、る」
「!!」

何故その名を知っているんだ。
驚きに目を見開くと同時に恩人の少女の顔がフラッシュバックする。
何をしているんだ自分は、馬鹿か俺は。

≪何をしている、早く殺せ……!≫
「黙れ、この野郎!」

意識がはっきりしたら容易に手は解けた。
頸部の圧迫から解放された未玲がゲホゲホと咳き込むのを起こしてやる。

「まったく、死ぬかと思った」
「……悪い」
「でもよかった、ちゃんと戻ってきてくれて」

そう言って微笑む上一級になりたての祓魔師は笑う、全く危うく絞め殺されかけたというのに余裕なものだ。

「私が奴の動きを止めるから、その刀で止めを」
「……騎士の資格ならお前も持っているだろう」
「まだ魔剣と契約したばかりなので扱いきれる自信がないから」
「わかったよ」

建造物壊して大目玉食らいたくないんで是非よろしく、と茶化して言うとこの若さで上一級まで上り詰めただけあってすぐに対策をたて動き出す。
少しだけふらつく足を支え立ち上がり詠唱を始めた。

「我神の前に立てる御使いを見たり、汝我に魔を縛す力を与えん!」
≪ぐ……っ小賢しい真似を!≫
「今よ!」

最下級の悪魔ではないので滅するために致死節を唱えるには手間がかかる、そのため未玲が縛術を唱え悪魔の動きを止める。
後は同じ悪魔である自分の領分だ、心臓を封じられていた刀を鞘から抜くと悪魔本来の異形の姿になる。
少しだけ驚いたような表情になったが再びなんでもなかったような顔になる未玲を横目で見ると、切っ先を真っ直ぐ縛術によって姿を表した悪魔へ向ける。

「―――終わりだ」

剣が悪魔を貫き、断末魔を上げるとそこから完全に悪魔の気配は無くなった。





■□




「そういや、なんでお前俺の名前知ってんだ?」

ピラミッドから再びエジプト支部へと戻る途中、ふと思い出し聞いた。
自己紹介でも名乗った覚えはない。

「藤本先生から、こっちに向かう直前に聞いた。あいつ自分の名前呼ばれると尻尾振って喜ぶぞって」
「犬か……」

だいたい尻尾はコートの中に隠しているから見えない筈だ。
まあそれにより意識を取り戻せたから良しとするが。

「ったく似てねーっての」

一瞬だけ掠めた恩人の姿、目の前の少女とは似ても似つかないというのに名前を呼ばれたとき嬉しいと思った。

「何の話?」
「お前はちんちくりんだって話」
「失礼な!」

あまり時間を空けずに再び同じ任務に就くことになるのはすぐである。
その裏で藤本とメフィストが糸を引いていたとかいないとか。






≫夜が青の祓魔師にいたらな話。捏造だらけです。どうしても藤本神父を絡ませたかった……!それ故夜の方が先という設定。詳しくはこちら


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