▼05:ミスタとベッリーナ
月のない夜の街に足音がふたつ、コツコツと響く。
「次は俺とも付き合ってくれよとは言ったがよォ、初めてが任務っていうのもなぁ」
「あら、一緒に任務をして私と仲良くなりたいんじゃあなかったの?」
「それはそうだけどよー俺はアデレードとデートが……」
「ミスタ、お喋りはまた後で。ターゲットを見つけた。このビルの4階。404号室」
「何で4なんだよッ!クソッ!縁起が悪ぃぜ……!」
「こんな美人と一緒にいて縁起が悪いわけないじゃないの。先に行って確認してくる」
アデレードがそう言うと、パンプスのヒールにかみ合わされたYSLロゴに足元の影がゆらりと伸びた。
影はそのまま水面のように揺れ、アデレードはその中へ沈んでいく。
これがアデレードのスタンド、シャドウ・デイジーの能力だ。
シャドウ・デイジーは影を司る能力。
アデレードは影なら自由自在にその中へ姿を潜められる為、潜伏や情報収集に向いている。
一度影を踏んだことのある人間の足音を聞き分けられる為、ターゲットの現在地を把握できるのも強味だ。
アデレードが影の中へ消えて、ミスタはピストルに弾を込めた。
ビルを見上げると、ターゲットがいる部屋の外壁の影からアデレードの手だけがにょきりと出る。
暗闇でもぼんやりと浮かび上がる白い手が艶かしくひらひらと動いた。オーケーのサインだ。
ミスタがビルに入り、部屋のドアを蹴破る。
突然の侵入者にターゲットは慌てふためき、手当たり次第に物を投げつけてくる。
グラスや本を冷静にかわしてミスタがトリガーを引いた。
一発、二発。
ターゲットの足に命中する。
「痛ェか?楽に死ねると思うなよ。借りたものは返すって習わなかったのか?」
「助け……、」
「おいおい。今は俺が話してるんだ。お前の番じゃあねぇ。お前が言っていいのは例のブツが何処にあるかっていうことだけだ。さっさと吐いた方が楽に逝けるぜ」
ミスタの尋問にターゲットの男はひいひいと痛みに苦しむだけで埒があかない。
「まどろっこしいわねぇ」
その様子を見ていたアデレードが爪を弄りながら退屈そうに呟いた。
暗闇の中から姿を現したアデレードにターゲットの男は驚いたが、女だと解るとすぐに視線はまたミスタに戻る。
コツコツとヒールを鳴らしながらアデレードが男に近付いて見下ろした。
「あんまり手間を取らせないで頂戴。……ミスタ、次は右手に」
乾いた破裂音がひとつ。
アデレードの言う通りにミスタが男の右手を撃つ。
男は痛みに身を捩ろうとしたが、身体が一切動かず痛みから逃れることが出来ない。
アデレードが男の影を踏んでいるからだ。これもシャドウ・デイジーの能力のひとつである。
「身体が動かないと足の時よりもずっと痛いでしょう?次に撃たれたら失神して死ぬわよ。ミスタ、次はどこにする?」
「ど・こ・に・し・よ・う・か・な、女・神・さ・ま・の・言・う・通・り……腹か。ハズレだな」
がちゃり、とピストルを構えるミスタに男の目が必死にやめろと訴える。
「言う気になった?」
アデレードが問うと動けない男の目から涙がひとつ溢れた。それを見てアデレードは男の影から足を離す。
動けるようになった男は苦しみながら呟いた。
「……キッチンにある、ラジオの中だ」
男の言葉にアデレードがキッチンへ行き、ラジオを壊すと中から探していた白い粉が出てくる。
よりにもよってブチャラティのシマで麻薬をピンはねするとは、自殺行為に等しい。
「見付けたわ」
アデレードの声にミスタが男から目を離したその一瞬、男が隠し持っていたピストルを構えた。
「ミスタ!」
「クソッたれッ!!」
男のピストルから火花が爆ぜるよりもほんの僅かミスタが部屋の電気を撃ち壊した方が早かった。
辺り一面暗闇になると、アデレードは再びスタンドを出した。
美しい黒豹が姿を見せる。
「お馬鹿さん。無駄な足掻きをしなかったら楽に地獄へ堕ちられたのに」
暗闇に浮かぶ金色の目が男を見つめている。それは獰猛そうにギラギラと光っていた。
グルグルと威嚇するような鳴き声が大きくなり肩を噛まれた男が絶叫する。
「ミスタ、デイジーがいるところが左肩よ」
ミスタは金色の目を目印に発砲した。
バタリ、と男が倒れた音がして、アデレードはスタンドを解除する。
廊下の電気をつけると男は心臓を撃たれて死んでいた。
「さすがミスタね」
「そうでもねぇさ。一瞬目を離しちまったしな」
「違うわ。銃を隠し持ってることを事前に確認しなかった私の責任よ」
「素直なアデレードも好きだぜ」
「死んでたかもしれないのに、馬鹿ね」
アデレードがくすりと笑う。
「俺には女神様がついたんだぜ?こんなヤツに殺られねーよ」
ミスタがアデレードの髪を一房掬いキスをすると、仄かに香る硝煙の匂いがした。
こうしてアデレードに自分の匂いが移るのなら一緒に任務も悪くないと思うミスタだった。
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