▼56:ガッツとベッリーナ@

サン・ジョルジョ・マッジョーレ島からボートで出たブチャラティたちは同じくヴェネツィアのとある橋傍のレストランで食事を摂っていた。
アデレードとトリッシュは未だ亀の中で休ませていて、男性陣はそれぞれ好きなものを食べながら、束の間の歓談をして過ごす。

「アデレードの元カレってよォ……いるよな。アイツって、オレが見た時にはしわくちゃのジジイだったんだけどさっき見た方が本来の姿ってワケ?」

「ああ?あぁ……そうだろうな。アデレードは別に枯れ専でもない筈だからな。あの場でスタンドをわざわざ使って若い姿でいる必要もなかっただろうしよ」

「へぇ!でもアバッキオ、アデレードの過去を再生したんだろ?相手の事まではしなかったのかよ?」

「……命令にはなかったからな」

「じゃあさ!じゃあさ、二人って正直な所、どうなの?まだ好き、とかあんのかな……?」

「アデレードの様子を見る限りそれはねぇな。ま、あの男の方には未練があるみてぇだが」

「ならどうして別れたりしたのかなァ。オレだったら好きな子とは絶対別れたりしないけどなァ」

ナランチャはスープスプーンをくるくると回してそう呟いた。
その会話を聞きながらも一言も口を挟まなかったブチャラティが、席につかずに辺りを警戒しているジョルノを振り返って声を掛ける。

「ジョルノ。こうなってしまったからにはビクついてコソコソしても始まらない。今は堂々と食おう。問題は海なのだ。どうやってこの囲まれた海を脱出するかなのだ。ボスは既に間違いなくから裏切り者のオレたちに対し追っ手を出している。海を渡る時確実に見つからなければ迎え撃つまでだ。隠れる事に意味はない」

「ええ……解っています。しかし警戒は必要です。例えば食事に毒を入れられる危険もありうる」

「……中々勘の良い新人じゃあねぇか」

「プロシュート!!」

ナランチャの背後から現れたのは先程別れたばかりのプロシュートだった。
テーブルのメンバーをちらりと見ただけでプロシュートはフンと鼻を鳴らす。

「アデレードは何処だ?」

「彼女に何か用か?」

「アイツの着替えと靴だ。ついでに娘のもな。こんだけヤローがいて誰もそこに気付けねぇんだからアデレードも苦労するな」

プロシュートの手には真新しいショッパーとアデレードの靴があり、ブチャラティたちはぐうの音も出なかった。亀を見つけたプロシュートがそんな彼らを他所に亀の中へ入っていく。
亀の中ではトリッシュとアデレードがそれぞれのソファに座りながら運ばれたであろう食事をしていて、天井からやって来たプロシュートにトリッシュが微かに身構えた。

Tu chi sei()?」

「Buon giorno,signorina bella.俺はプロシュート。そこにいる彼女の、」

「彼は味方だから心配しなくてもいいわ、トリッシュ」

プロシュートが余計な事を言う前にアデレードが遮るように口を開く。それに気付いたプロシュートはニヤリと笑って持っていた袋をトリッシュに渡した。

「着替えだ。あと化粧品とか必要だろうと思うものを入れておいた。好みに合わなかったら捨ててくれ」

「……Grazie.」

トリッシュがプロシュートから袋を受け取ると、彼は残った袋をアデレードに渡してくる。

「随分と血で汚れただろう。着替えとネイルポリッシュと、いつもアデレードが使うものは一通り揃えた。あと――これはフーゴからだ」

コツ、と床に置いた黒いヒールは、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島でアデレードがフーゴに預けたものだった。
素足のままでボートに乗りすぐに亀の中へ入ったので靴のことを失念していたが、こうして戻ってきたのは靴だけな事にアデレードは溜息をぐっと堪えながらひとまず靴を履いて尋ねる。

「……彼は?」

「独りにはしてねぇから安心しろ」

「死なせたりしないでよ」

「そりゃ本人次第だろ」

「だからお願いしてるの」

「お前の頼みならいくらでもきいてやるぜ。見返りに俺の要求も呑んでくれるんだろう?」

「取引したい訳じゃあない。あなただってそんな事で欲しいものを手に入れたって虚しいだけって解っている筈よ」

「手に入れりゃあ後はどうとでもなるさ」

「あらそう?前もそうだった?」

プロシュートとアデレードの得も言われぬやり取りに、堪らずトリッシュが「ねぇ」と口を開いた。

「いつまで続くのかしら。早く着替えたいのだけれど。出ていってくれる?」

「……彼女の言うとおりよ。帰って」

プロシュートは「また来る」と一言残して出ていき、痛む額を抑えながらアデレードがトリッシュへ向き直る。

「ごめんなさいね」

「別にあなたが謝ることじゃあないわ」

「それから、ありがとう。助けてくれたのでしょう?」

「……ッ、それも別にそんなんじゃあないわ!あの人がいたらいつまでも着替えられないからよ」

アデレードの言葉にトリッシュは黙って背を向けた。数日前に隠れ家でシャワーを浴びたきりだ。プロシュートが持ってきた袋の中にシャワーシートを見つけたので、アデレードはそれで身体を拭くようにトリッシュへ渡す。

「一端外へ出ているわね」

着替えを見られるのは嫌だろうとアデレードが亀の外へ出て、そのまま亀を持って空いていた椅子へ座った。

「トリッシュは?」

「着替え中よ」

「その、アデレード」

「なぁに?ブチャラティ」

「着替えが必要な事に気付かずに悪かった」

「気にしてないわ。プロシュートに何か言われたの?」

アデレードの指摘にブチャラティ達が一様に目線を外したので、アデレードは思わずくすりと笑ってしまう。

「あなたとプロシュートは違う。……そう違うのよ。何もかも。だからあなたは彼と同じ事をしようだなんて思わなくていいの」

「……どう言う意味だ……?」

「さぁ?言葉通りの意味よ、ブチャラティ」

テーブルの下で、クロスに隠すように、繋がれた手にブチャラティの心がかき乱されていく。
ジョルノのゴールド・エクスペリエンスによって新しく作られたアデレードの左手の爪先は爪本来の色をしていた。ジョルノの能力ではマニキュアまでは再現されないので当然である。
薄紅色の爪に普段アデレードが纏っている紅は無い。子供の頃、よく海辺で拾ったような桜貝のような爪先を、ブチャラティは思わず親指の腹で撫でた。
いつも完璧に美しいアデレードの素の部分に触れてもいいのだと思うとつい出た行動だった。
しかしアデレードもそれに気付いたのだろう。無意識のうちに触れさせていた爪先はアデレードの言葉と同じくすり抜けていった。




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