▼49:キング・クリムゾンとベッリーナ@

ブチャラティは子供時代の事を思い出していた。
仲の良かった筈の両親が離婚して、父と二人暮らしになった。
父はブチャラティの学費を稼ぐ為に、漁師の仕事が休みの日には観光客や釣り客を船に乗せるようになっていた。
ある日、その父が麻薬の取引現場を見てしまった為に釣り客として乗せた男二人に銃で撃たれた。
一命をとりとめたが夜になって父が入院している病院へそのチンピラたちが口封じの為にトドメを刺しに忍び込んで来たのを、ブチャラティは父が眠るベッドの下で待ち伏せていた。
そして持っていたナイフで男二人を躊躇いもなく刺し殺した。
十二歳だった。
人の越えてはいけない領域に踏み込むにはあまりにも幼すぎた。
ゴロツキたちの報復と口封じから、自分の、否、父の身の保障を得る為にブチャラティは組織へと入団した。
組織への忠誠と奉仕とを引き換えに父の安全を保障されるならブチャラティには選択の余地などない。
この世の正義と信じた組織だったが、禁じ手としてした麻薬の売買を国内に開拓し始めていく。
父親と自分を巻き込んだ欲望の白い粉に自分が信じた組織のボスが自ら手を染めていた事を知る。
矛盾。
ブチャラティはその矛盾をずっと抱えながらも忠誠と奉仕を続けた。父の安全の為だと何度も自分に言い聞かせながら、心を少しずつ殺しながら。
やがて幹部のポルポに気に入られるようになるまでに出世したが、結局父は後遺症を残したまま五年前に亡くなった。
自分の意思で正しい道を選択する余地などないぬきさしならない状況だったあの日、そして今またボスはブチャラティの心を裏切ったのだった。




ブチャラティは絶望と怒りの中、エレベーターの床にジッパーをつけて下を覗いてみる。
そこにトリッシュを抱えて降りていく人影を見つけた。
まだトリッシュは生きている。

「あんたの正体を知るつもりだったが……予定が変わったッ!アンタを始末する!今ッ!」

ブチャラティの決断は早かった。
しかしそう決めたところでボスがトリッシュをどうやって外へ連れ出したのかその方法は解らない。
一階へ着いたボスはトリッシュを連れてエレベーターの外へ出ていく。その顔は見えなかった。
ブチャラティは急いだ。
ボスがこの教会脱出前にトリッシュの命を葬る事は間違いないのだ。
それに彼女の影の中に入っているアデレードの事も気掛かりだ。
今ここにいないのだからまだトリッシュの影の中だろうが、アデレードのスタンドは影の持ち主の影響をそのまま受ける。
正気を失っているトリッシュとは違い、アデレードは悲鳴すらあげていない。しかしブチャラティがどんなに身を案じてもアデレードの名前を呼ぶ訳にはいかなかった。
アデレードの気丈さを、覚悟を無駄には出来ない。
ボスはトリッシュの影の中のアデレードに気付いていない。トリッシュを奪い返せる手段として最も適しているのがアデレードだ。
ブチャラティはエレベーター内の壁面にジッパーを取り付けると、それづたいに降下した。

「ボスはまだオレが裏切るとは考えていないッ!方法は……暗殺だ!ボスのこの教会脱出ルートを先回りしそこで殺るッ!」

一階エレベーター前の廊下の天井からジッパーを開けて下を覗く。
誰もいない。
しかしよく見てみると廊下の角に置いてある棚の前に真新しい血痕が落ちている。血痕と飛沫の向きから察したブチャラティは棚の扉を開けると、棚の中に穴が開いていた。
ボスがここを通ったのは間違いない。耳を澄ませば靴音が微かに響いている。
続く階段の下には納骨堂があった。
ブチャラティは先回りして柱の影に身をひそめる。トリッシュを抱えたボスの影がゆっくりと近付いてくるのをギリギリまで待ち、攻撃を仕掛けようとした瞬間、声が響いた。

「そのまま帰った方がいい……ブローノ・ブチャラティ。その柱を出たら……お前は死ぬことになる」

それは初めて聞くボスの声だった。





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