▼40:ベィビィ・フェイスとベッリーナB
亀の中は静寂に包まれている。
先程亀の外へ出たトリッシュが戻ってきてから、険悪なムードが漂っているからだ。
ナランチャがブチャラティから何か厳しいことでも言われたのかと彼女を気にかけるがジョルノはそれを否定した。
ジョルノはトリッシュがスタンド使いだと考えている。そのことにブチャラティも気付いていて、多分亀の外でそのことについて問いかけられたのだろう。
ジョルノが何とかしてトリッシュの能力を調べたいと思っていたところへブチャラティが亀の中へ戻ってきた。
アデレードではない見知らぬ男を連れている。
「へぇ。思ったより亀の中は快適だな」
「ブチャラティ、そいつ誰?」
「暗殺者チームのメローネだ」
「暗殺者チームはそっちで勝手に動くんじゃあなかったのかよ」
「外で何があったんです?」
「列車の中に敵がいた。そいつらはプロシュートたちに任せて俺とアデレードは列車を降りたんだ」
「今、列車の中じゃあねぇの?」
「ああ。彼がピックアップしに来てくれた」
「アデレードは?どうしたんですか?」
「今、彼が乗ってきたバイクで亀を運んでいる」
ブチャラティがメンバーに説明していると、メローネは壁を指で触りながら歩いてソファーに座るトリッシュへ近付いた。
「ああ、君が娘のトリッシュだな?君、健康状態は良好ですか?」
「……良いわけないでしょ」
「それもそうだな。君がイヤなことはスゴく良くないことだ」
トリッシュの傍に立つメローネにブチャラティがアデレードの忠告を思い出してハッとする。
スタンドのことやボスの目的などを推察だけの言葉がメローネの口から出るのは阻止したい。
「メローネ、」
「なぁ、そこに座ってもいいか?」
ブチャラティの呼び掛けを無視するようにメローネはサッとトリッシュから距離をおいてひとり掛けソファに座る。
持っていたパソコンを開くと猫背でタイピングする姿に一同唖然とした。
「……ああ、そうだ。ヴェネツィア方面へ向かえ。フィレンツェまで295q、あと5時間ってところか。……よし、そのまま追跡に注意しつつ走行しろ。アデレードと亀を落とすなよ」
「……誰と喋ってんのかな……気味悪いぜ……」
ナランチャがうぇーと声を出す。
「アデレードと亀を、と言うことはバイクを運転しているのはアデレードではない別の誰かってことになる……」
「Bene!勘が良いな。確かお前が新入りだな?」
「ジョルノ・ジョバァーナです」
「名前は必要ない。どうでもいいからな」
「……さっきの質問ですが、一体誰が運転しているんです?」
「それを答えるのはもう少し後だ」
メローネはそう言ったっきり再び背を丸めてパソコンのキーボードを叩く。
カチカチとタイピングする音が部屋に響いて1時間ほど経った頃、メローネが不意にディスプレイから目を離して顔を上げた。
「寝たか。思ったより早かったな」
メローネの言葉にブチャラティが彼の視線の先を追うとトリッシュが眠っていた。
移動中寝ることはなんら不思議ではないが、今のメローネの発言は明らかに作為的であることを指し示している。
「彼女に何をした」
「そんなに怖い顔するなよ。彼女に飲ませたのはヤバい薬じゃあない」
「薬だと!?」
「“ブラックシープ”って呼ばれる眠りやすくなる薬だ。さっき彼女のグラスに数滴垂らしておいた」
「その薬なら知ってます。お酒に混ぜても色や味が変わらないからレイプ目的に女性の飲み物に入れて使う薬です」
「ご名答。だが薬自体は合法だぜ。元々は不眠症患者に向けて作られたサプリメントだ」
「……何故そんなものをお前が持っている」
「俺が不眠症だからに決まってるだろ。俺がジャンキーかプッシャーに見えるのか?」
プッシャーは麻薬の売人のことを指す。
ブチャラティがメローネの腕を見る。男にしては青白い腕には両方とも注射痕はなかった。
だとしても大事な護衛対象であるトリッシュに無断で薬を飲ませたことはブチャラティの信頼を損ねる。
眉をひそめるブチャラティの顔をソファに座ったままのメローネがじっと見上げた。
「何を怒っているのか解らんが、折角彼女を眠らせたんだから今のうちに聞かれちゃまずい話をした方がいいんじゃあないのか?」
本当に解らないという風に首を傾げるメローネにブチャラティはアデレードの忠告を思い出して深々と溜め息をついた。
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