▼36:偉大なる死とベッリーナC
ミスタと共にアデレードが亀の中に戻るとミスタの言っていた通りブチャラティの表情は厳しかった。
任務中に持ち場を離れてかつての仲間のところへ行ったのは自分であることを解っているアデレードは弁解をしない。ただずっとミスタに言われた言葉が引っ掛かっている。
“Di cosa hai così paura?”
ミスタには何かを恐れてプロシュートの元へ行かなければならないように見えたのだとしたら、アデレードが怖がっているものはただひとつだった。
プロシュートの期待に応えられないこと。
何か役目を与えられてそれを全うできないこと。
プロシュートに「No」と否をもらうこと。
それが成されなくても良いのだとアデレード自身が強く思っていても状況が切迫すれば、行動しなければならないと無意識に口に出る。
目に見えない呪縛はアデレードが気付かないうちに奥底にまで絡み付いていた。
ブチャラティもアデレードも黙っていると、アデレードは不安げに見つめるトリッシュに気付く。
今守らなければならないのは彼女なのだ、と気を取り直したアデレードがトリッシュに微笑めばいくらか彼女の表情も和らいだ。
プロシュートから得た情報をブチャラティに伝えなければならない。
アデレードがブチャラティの方へ足を向けた瞬間、部屋がぐらりと揺れた。
「なんだ!?」
ブチャラティが天井を見上げる。揺れは続いて亀がひっくり返ったのか天井の鍵からブチャラティとアデレードが飛び出した。
ブチャラティは慌てて亀を拾い上げると中にいるジョルノたちにそのまま待機を命じる。
「ブチャラティ!」
「運転士が死んで操縦出来なくなったので揺れたのか」
アデレードの声にブチャラティが運転士を見れば既に絶命していた。
列車は時速150qのスピードで走り続けている。このままでは脱線事故でもしかねない。
「……敵がいるな」
ブチャラティの言葉にアデレードは黙って頷く。運転室から出ると乗客はまだ異変に気付いていない様子だった。
車内を捜索しながら歩を早める。
「……ブチャラティ。この列車の中に敵がいるのだとしたら、きっとさっきの私とプロシュートの会話も聞かれているわ。それがかなりマズイ」
「行き先が漏れたか……」
「ヴェネツィアだろ?」
突如何処からか男の声が聞こえる。アデレードはその声に聞き覚えがあった。
「……ズッケェロ……!」
「Si si.アデレードにしては油断してたんじゃあねぇのかァ?昔の男の前で楽しそうにお喋りしてよォ〜」
姿の見えないズッケェロの下卑た笑い声だけが聞こえてきて、アデレードは不愉快さを露にする。彼女の足元に伸びた影の中には既に臨戦態勢のシャドウ・デイジーがその金色の目をギラギラと輝かせていた。
「アデレードのスタンドはここじゃあ使えねぇよなぁ〜〜〜影がなきゃ動けねぇモンなぁ〜〜〜」
ズッケェロの嘲笑に黙ってスタンドを下げたアデレードに代わってブチャラティがスタンドを出す。
「ブチャラティ〜〜〜俺が何処にいるかも解らねぇのにどうやって攻撃するつもりだ?」
「お前、教会で会ったチンピラだよな。忠告を無視して俺の部下に気軽に声掛けてんじゃあねぇぞ」
「何だァ?ブチャラティ、お前もアデレードにヤラレちまったクチかァ?さぞ好かっただろうなぁアデレードのカラダはよォ」
「……テメーごときがアデレードのカラダの何を知ってるって言うんだ?」
ドスの効いた声とカツンと言う革靴の音にアデレードたちが振り返ると、紫煙を纏ったプロシュートとペッシが立っていた。
同じ革靴の乾いた音にアデレードの脳裏にあの夜のことが蘇る。少し目眩がした。
「姉貴、大丈夫かい?」
「Si.Grazie.」
後ろに控えていたペッシが不安そうにアデレードを覗き込み、気付かれないように氷を渡してくる。
アデレードはそれを頷いて受け取ると、半分をブチャラティへ渡した。
二人を呼びに行かせたシャドウ・デイジーも既にアデレードの足元に戻ってきている。
やはりプロシュートは悪魔だった。アデレードにとってではなくズッケェロにとって、だ。
彼の足元にはあの夜と同様に彼のスタンドが既に現れていて、紫煙を吐き出している。
「ザ・グレイトフル・デッド!」
プロシュートの言葉を皮切りに車内の乗客が一気に老化していく。これなら何処かに潜んでいるズッケェロにも影響が出る。
「列車ごと殺る気なの!?」
「毎年墜落してる旅客機よりかは軽く済む。そうなる前にヤツが出てくるだろうよ」
「う、うう……」
天井からボタリと垂れてきたのはズッケェロだった。既にボロボロに老化している。
「そんな所にいやがったのか」
「お前、ズッケェロとか言ったな。アデレードたちの話を仲間にした筈だ。教会で会ったもう一人の男だ。そいつは何処にいる?」
「ハァハァ……必死だなブチャラティ……そんなにボスの娘が大事か?ボスの狙いが何だか知ってるのか?」
「ズッケェロ!黙りなさい!!これから2つ数える間にサーレーの居場所を教えなさい」
激昂したアデレードがズッケェロに銃口を向ける。ズッケェロは口を閉ざしたままへらへらと笑っている。
「Uno,Due……お祈りは済ませたわね?」
美しい瞳を氷のように冷たくしてアデレードはトリガーを引いた。
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