▼34:偉大なる死とベッリーナA
亀から出たアデレードは客室のある列車を抜けて食堂車に入る。
バーカウンターにはペッシがミルクを飲んでいて、入ってきたアデレードの姿にグラスを空にしてその場を去った。
そわそわと後ろを振り返りながら歩いていくペッシに心の中で溜め息をついて、アデレードはカウンターに立つ。
ウェイターが離れている隙にペッシが飲み干したグラスの下にある紙コースターを抜き取った。
その裏面をちらりと見ると、“5号車 洗面所”と書いてある。プロシュートの字だ。
注文を尋ねるウェイターをかわして、アデレードは指定された洗面所へ向かう。
洗面所の前ではペッシが組んだ指を落ち着きなく動かしながら立っている。やって来たアデレードに黙って洗面所のドアをノックした。
「入れ」
しゃがれた声がしてガチリと鍵が開く。アデレードは黙って洗面所へ入った。中には老人がひとり立っている。
「Ciao,アデレード」
「Ciao,プロシュート」
この老人こそがプロシュートであることは彼のスタンド能力を知っているアデレードには解っていた。老化してかさついたさらさらの頬にバーチをすると、肩に置かれたプロシュートの手に別の手が重なっている。
彼のスタンドであるザ・グレイトフル・デッドの手だ。
初めて見たときこそ恐怖したが今では上半身に覆う多数の目にも慣れた。
だがプロシュートのスタンドに直で触れられた身体がみるみる老化していく感覚だけはいつになっても慣れない。
「うん……」
「これくらいで十分だろ」
「ちょっと老けさせすぎじゃあない?」
「どんなになってもお前は綺麗だ」
「Grazie.」
老化して凹んだ喉から掠れた声を洩らすアデレードにプロシュートが手を差し伸べる。
プロシュートに手を引かれて洗面所を出ると食堂車に戻った。
ペッシは来たときと同じようにバーカウンターの傍で待機している。
「Hai fame?」
「No.」
「Vorrei una bistecca per favore.それから彼女には温かい紅茶を」
「Sì, signore.」
注文を済ませウェイターがテーブルを離れるのを待ってからアデレードは口を開いた。
「次はあなたたちってワケね」
「まぁな。知っての通り忙しいからな、誰かがずっとついてるってワケにもいかねぇ。さっきブチャラティが何か抱えてたな?一体何だ?」
「亀よ。鍵をはめ込むと亀の甲羅から行き来出来るようになるの」
「どこからどこへ?」
「中から外へ。亀の中が部屋みたいになってるの。中々快適よ」
「ボスの指示とは言え、良く気が付いたな」
「危なかったわ。一本見送るかとも言われたけれどそれじゃあ間に合わないもの」
「アデレードが駄目だと言ったのか?」
「Sì.」
「同じ列車に俺がいてもか?」
「任務に私とあなたのことなんてひとつも関係ないと思っていたのだけれど……こうして私が今あなたの目の前に座っていることに自分でもまだ信じられないわ」
「未練があるのは俺だろう」
「呪いが解けてないのは私なのよ」
沈黙の後、二人とも鏡合わせのようにグラスの水を飲む。
「10分しかないの。余計な話は止しましょう」
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